そろそろ人身事故のイライラから卒業しようじゃないか

都心に通勤している人にはとても伝わるかもしれないけど
人身事故で電車が止まると一気に身動きできなくなる
そして自分も周りの人もイライラする


そんなときは途中の駅で降りよう
そしてご飯でも食べようじゃないか

電車が止まるとイライラ、満員電車にイライラ

電車が止まって予定が崩れるとめっちゃイライラするよね。自分でコントロールできないものに自分をコントロールされてる感。自然災害と同じものを感じる。

 

同じようにイライラした気持ちを持ったたくさんの人が凝縮された満員電車もイライラの元。みんなイライラしてるから心に余裕がない。痛いくらい押してくるし、人によっては助走つけて電車に飛び乗ってくる。

 

もう嫌だ。一刻も早くこんな場所離れて家に帰りたい、と誰もが思う。

だけどふと冷静になったときに思った。

「なんで寒い中、こんな場所でずっと立って過ごしているんだろう」

同じ時間を過ごすなら寒いホームで立って待つより温かいガストで座ってご飯を食べたい

ホームで1時間立って電車を待つこともできるけど、それなら先にガストでご飯食べて、電車が運転再開したらまた駅に来ればいいんじゃね?

そんな選択肢があることに、あるとき気づいた。

同じ1時間を過ごすなら、寒い冷たいホームの上でタバコくさいおじさん達と一緒に電車を待つより、温かいお店でゆっくりと食事を楽しんだ方が有意義だ。

その数分って本当に価値があるの?

電車が止まって、いつ運転が再開するかわからないとき、待っている時間は永遠のように感じる。

「1時間かかるかもしれないから他の場所で過ごそうか。でももしかしたら5分後には動き出すかもしれない。だとしたら少しでも早く帰れる可能性にかけてホームに残ろう」

それはギャンブルの感覚と似ている。

もし仮に、ホームで1時間待つことで5分早く家に帰ることができたとしよう。

でもその5分のために1時間を待つだけで過ごすのって、本当に価値的なんだろうか。 

たしかに、電車を降りてお店に入ることで、1000〜2000円程度の予定外の出費が発生する。 

でも、寒さや疲れ、いつまで待つのかわからない心理的ダメージを1時間受け続けることに比べれば、そのくらいの出費は安いものじゃないだろうか。

人身事故|途中下車のすすめ

人身事故で電車のダイヤが乱れて、予定の時間に帰れなくなったら、もはやその状況を楽しもう。どうせ電車は動かない。飛び込んだ人を憎んでも仕方ない。何も変わらない。だったらぽっかり宙に浮いてしまった時間を自分が楽しいと思うことに使おう。

仕事が終わったら直で家に帰るのが当たり前の日常なら、あなたは今、その当たり前の日常と少し違う非日常の真っ只中にいる。せっかく非日常空間に身を置いているなら、非日常を目一杯味わおうじゃないか。

ひとたび駅から離れれば、イライラしている人にぶつかることもないし、タバコくさい人の息を目の前で浴びる可能性も少なくなる。そうして落ち着いた頃に駅に戻って、ゆっくり家路をたどろう。

人生は長い。

いや、長い人生にするためにも、ゆとりを持って生きていきたい。

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