母のお弁当
月に一度訪れるお弁当の日が楽しみだった。
料理上手な母が作ってくれるのは所謂ふつうのお弁当。
海苔が巻かれた俵型のおむすびに、小さくて味がしっかりついた唐揚げ、薄黄色の卵焼き、ウインナーとピーマンを炒めたもの、ちくきゅうに彩りのプチトマトとブロッコリー、うさぎの林檎。
いつも同じ献立だったけれどお弁当を開けるたびににんまりとしていた。
小学校と中学校は給食で、今思えばバランスの良い食事を毎日食べられるのだから本当に有難いことなのだけれど、当時好き嫌いが多かった自分にとってはとにかく辛い時間だった。
乳製品に、牛肉に豚肉、南瓜に茄子に人参に豆腐、マヨネーズの味付けなど、他にも色々と食べられなくて、お残し禁止!というルールを守るべくお昼休みを全部使いながら何とか流し込んだり、給食当番にこっそりと少なめにしてね。と伝えたりして乗り切っていた。
特に牛乳が最大の難関。温くなったら気持ち悪くて飲めないし、ごはんやおかずの間に飲むのは嫌だった。なのでまだ冷えた状態の一番初めに一気飲みするということをしていたが、そうするとお腹がはってゲプゲプと苦しくなり、食べるペースが一段と遅くなってしまっていた。
みんなよく食べれるよなぁと感心しながらチビチビと食べ進め、結局給食時間内に食べきれずお昼休みに突入しても食べきれず、たびたび掃除の時間になりギブアップ。
成績表の「好き嫌いなく食べる」という項目はいつも△で、毎朝献立表を眺めながらため息をついていた。
大人になってからは味覚の変化か衰えなのか、好き嫌いはすっかりなくなって何でも食べられるようになっている。
チーズも野菜もマヨネーズも大好きだ。
今なら給食をもりもり食べられるのになぁ、お昼休みも遊べたのになぁと思う。
明日はお弁当の日だから忘れないようにね。
お茶も持ってきてね。と先生が言った。
やっとこの日がきたかぁとうきうきと帰宅し、母親にそのことを伝えると、
じゃあ明日は少し早起きしなきゃね!
と仕事で忙しかっただろうに、お母さんにおまかせ!と言わんばかりにいつもちゃきちゃきと作ってくれた。
朝起きるとキッチンからいつもの朝食とは違う香りがしていた。
兄と2人でひょこひょことキッチンに近づき出来上がったばかりの唐揚げを1つづつつまみ食いをして、冷ましているお弁当を眺めながら朝食を食べ、お昼の時間を楽しみに学校に向かった。
お昼の時間になって一斉にお弁当の見せ合いっこ。
当時はキャラ弁とかなかったので、皆わりと似たお弁当だった。
中にはお稲荷さんやサンドイッチ、2段の大きなお弁当の子もいて、色々なお弁当を見るのが楽しくて好きだった。
お弁当の日は給食時間内にペロリと食べてしまうのでお昼休みも遊べた。
空っぽのお弁当箱を持って帰るたびに喜んでくれる母を見て、なぜか照れくさかったが嬉しかった。
今は家族のために自分がお弁当を作っている。
冷めても美味しいように、甘辛しょっぱいの味付けのバランスがとれるように、なるべく色々な食材が食べられるように、彩りも綺麗に。
作るたびにお弁当ひとつでももあれやこれやと考えることがあって日々勉強である。
食べる楽しみと食べ物の美味しさを教えてくれた母のおかげか、今では食に関する仕事につき、美味しい食事とはどんなものか、食べてもらうには、伝えていくにはどうすればいいか日々考えるようになった。
1日3回、1週間だと21回、1ヶ月だと90回。
それだけ大切な食事を日々楽しめるように
空っぽのお弁当箱から伝わる「今日もおいしかったよ」を感じながら
今日もキッチンに向かいます。