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生活のなかで自分らしいスタイルをつくる──地域のつながりを楽しみ、いかす方法

島根県の最西端に位置する津和野。まちを流れる水路には鯉が泳ぎ、休日にはSLやまぐち号とともに観光客が訪れる。近年では、町唯一の高校・津和野高校の活性化をはじめ、教育魅力化の活動も話題を呼んでいる。
そんな津和野町で、地元の和菓子屋・三松堂の店長を務める阿部龍太郎さん。町内外のお客さんをお店で出迎える一方で、若者有志の集まり「思うは招こう会」も運営。公私ともに地域を盛り上げている。生まれも育ちも津和野だという阿部さんは、地域の変化とともに、自身も変わっていったという。話を伺ううちに、地域の生活を楽しみながら働き、暮らし続ける方法がみえてきた。(聞き手:西嶋一泰、文:池本次朗)

阿部 龍太郎(あべ・りゅうたろう)
島根県津和野町出身。島根県立津和野高等学校を卒業後、地元の和菓子屋である三松堂に就職。現在は本店の店長として働いている。地域の有志団体「思うは招こう会」の会長も務めており、地元の中学校や高校と連携しながら、中高生向けのイベントなどを行っている。

地域で働き続けるキャリア

阿部さんは生まれも育ちも津和野という、生粋の地元っ子だ。地域には同じような立場の人はそれほど多くないという。はじめに、町内でキャリアを重ねることについて聞いた。

「津和野には大学がないので、進学を機に外へ出る人が多いです。就職も町外のほうが一般的だと思います。しかし、私はこのまちに留まりました。家の近くで働いて、自由な時間を作りたいと思ったからです。目の前のやりたいことを優先して生きる方が、自分に合っている気がして。

そこで私は和菓子屋に就職しました。子どもの頃から津和野町の名物である源氏巻をはじめ、和菓子は身近な存在でした。なかでも三松堂を選んだのは、あんこから自分たちでつくっているところに興味を惹かれたからですね。

いま三松堂では店長という役職に就いていますが、自分では何でも屋だと思っています(笑)。店頭に立って接客もすれば、工場で商品開発もやります。会社全体として商品開発に力を入れていて、いまは月に1一つくらいのペースで新しい和菓子をつくっています。昨年だけでも10種類以上の新商品が生まれました。

三松堂のお菓子

どういう商品をつくるかは、必ず「自分たちが食べたいもの」から着想します。私は三松堂の社員ですが、それをいったん忘れ、いちユーザーとしてどう感じるかを大切にしています。

お客様は、数ある和菓子屋の中から、わざわざ三松堂を選んで来ていただいている。そのことを肝に銘じた上で、お客様に満足していただくのが仕事だと思っています。言ってみれば、僕は、お菓子を売ることが仕事だとは思っていないんです。

「お客様にひと時の幸せを感じていただく」という三松堂の理念に、自分のスキルや行動がどう貢献できるかを考えながら日々働いています。接客やお菓子の開発など、業務の様々なことが理念につながっていく感覚があって、それが一番の仕事のやりがいですね。」

店長として店頭に立つ

情熱をもって仕事に打ち込み店を引っ張る阿部さんだが、もともとは消極的なタイプだったという。

「昔は引っ込み思案な性格だったんです。仕事にも自信がありませんでした。特に接客業務は不安ばかりで、悩みましたね。最初は知り合いが来てくれたときに意識的に話しかけるようにして、だんだんコミュニケーションに慣れていきました。そうするうちに、少しずつ新規のお客様ともお話できるようになって、今では接客を通じて顧客のニーズや要望をリサーチすることが日常になりました。

接客だけでなく、社内でもコミュニケーションは大切です。店長である自分が垣根をつくってはいけないので、店舗スタッフはもちろん、ほかの部署の人や職人さんともたくさん話します。情報共有のなかで、どんなお菓子を作ったらお客様に喜んでいただけるか一緒に考えられるのです。」

「地元のおれ、なにもやってないな」

積極的に人とコミュニケーションするようになって、地域への目線も変わっていった。

「人との交流が少なかった頃は、やりたいことがありませんでした。少し気になることができても、情報を持っていないので企画倒れになっていました。地方に暮らしていると、外からの刺激を受ける機会が少ないんですよね。

しかし、仕事を通じて人とかかわるようになってから、地域おこし協力隊の方々とも交流するようになりました。よそ者である彼らがまちのために行動している様子を見て、「地元のおれ、なにもやってないな」と感じて、地域活動に興味が湧いてきました。

赤い石州瓦の屋根が印象的な津和野

そうして僕のなかに芽生えた「やりたいこと」は、田舎特有の刺激の少なさを解決するための場を作るということです。僕の世代には同じような人がいるかと思いますが、小さい頃に「やりたいこと」を否定された経験があったのです。「あれやってみたい!」って言っても「そんなん無理や」と言われて育ったのです。自分自身がそういう状況に陥っていたから、なんとかしたいなと思って。」

徐々に「やりたいこと」が見えてきた阿部さんは、自分らしいやり方で動き始める。

「具体的な活動としては、地元の若者同士で「思うは招こう会」という集まりを組織して、地域で活動を行っています。発起人は、地元のお茶屋の息子と建設会社の息子、そして僕の3人です。ほかにメンバーとして地域おこし協力隊もいれば、最近起業した若者もいます。地元やよそ者といった区別なく、間口を広くして活動しています。

過去に実施した企画としては、講演会の開催があります。「モデルロケット」と呼ばれる模型のロケットを飛ばす活動を北海道でやっている植松努さんをお呼びして、中学生や高校生、地域の方を対象とした講演会を開きました。

植松さんをお呼びするために、みんなで町内を回って寄付を募ったこともあります。インターホン押して、ふつうの民家を回っていったのです。講演会に必要なお金がちゃんと集まりましたし、自分たちの活動を知ってもらう機会にもなりました。大変でしたが、いい思い出ですね。

また、植松さんから影響されて「火薬付きのモデルロケットを小学生と一緒に打ち上げる」という活動もやりました。グループで話し合って問題を解決する体験をしてもらって、なにかをやり通す力を身につけてほしい、という思いで開催したものです。

学校でやっているプロジェクトのお手伝いもしています。津和野高校で開かれる「トークフォークダンス」という、地域の大人80人と高校1年生が一対一で対話するイベントをサポートしています。毎年ファシリテーションを担当していて、どうしたら大人と高校生が打ち解けることができるか考えながら取り組んでいます。」

“やりたいこと”が認められる環境づくり

地域活動に打ち込む阿部さん。どのような点に魅力を感じているのだろうか。

「まず、地域に貢献することで喜ぶ人たちが自分たちの見えるところにいたということが大きいですね。高校生や身近な大人たちの存在が、次のチャレンジへつながるモチベーションになっています。「小さな活動をコツコツ重ね、成功して弾みをつける」という繰り返しのなかで、自分にも自信がつきました。

それから、目の前にある「やってみたい!」を大事にして、応援し会える仲間の存在にも価値を感じています。「これやってみたいよね」と気軽に言い合うことができて、僕の「やりたいこと」を伝えたときに、新しい角度から情報を与えてくれたり、一緒に誰かの「やってみたいこと」に参加してくれたりする。そういう仲間って大切ですね。」

津和野では、教育を中心としたまちづくりが進む。町内唯一の高校である津和野高校は、県外からも生徒を受け入れ、地域と連携した学習プログラムがおこなわれている。活動のなかで高校とかかわる機会も多い阿部さんにとって、高校生はどのように映っているのだろうか。

「高校生はすごく情熱的で、関わっていて楽しいですよ。店頭に立っていると、「お菓子作りをやってみたいです!」とわざわざ高校生が訪ねてくることもありますし、「自分にはこういう夢があって、こんなお菓子を三松堂と一緒に作っていきたい」と伝えてくれる高校生もいます。積極的だし能動的ですよね。つながりのなかで、お互いにやってみたいことを応援し合えるような仲になった生徒もいます。

高校時代の頃の自分には、「物怖じせずにいろいろなことを経験したほうがいい」と伝えたいですね。とにかく行動して、選択肢を増やした方が将来につながるとわかってきたので。昔は「こんな小さなコミュニティにいてなにができるんだ」と思ったこともありましたが、いまは違います。小さいコミュニティに参加して、そこで密につながることで、いろいろな可能性がひらかれるのではないでしょうか。」

地域のなかに自分のスタイルをつくる

地域は働く場、活動する場であるとともに、ひとりの住民として暮らす場でもある。津和野での生活はどのようなものか。

「最近子どもが生まれまして、いまは子育てのまっただ中ですね。最初は子どもに関する情報をぜんぜん手に入れられなくて困っていました。そのときに助けてくれたのが移住者の方でした。同じタイミングで子育てが始まった人がいて、オンラインで情報交換できるようになったのです。

津和野では子育てしているなかでも積極的に動いている人が多くて、「子育て中のお父さん同士でつながろう」という活動もあります。思いを持って情熱的に動いている人が多いので、安心してつながりやすい環境があると思います。

子育てしていても、新しい知り合いができるのはいいなと思います。子どもをきっかけに日頃から挨拶を交わす人が増えていって、知らない間につながりができます。そういう地域の人が、子育ての困りごとを助けてくれることもある。津和野は、付き合いの輪が自然と広がる場所だと思います。」

お子さんと阿部さん

自然とつながりが生まれる生活を楽しむ阿部さん。一方で、そうした地域のつながりの強さによって、暮らしに疲れてしまったり、挑戦の足かせになってしまったりといった悩みもよく聞く。そこに煩わしさはないのだろうか。最後に、そんな疑問をぶつけてみた。

「もちろん、疲れることはあります。たとえば、相手との間に齟齬や誤解があって、コミュニケーションが面倒になってしまったり。そういうときは、一度じっくり考えてから、自分の気持ちをしっかり言葉にする。相手も悪気はないですから、「自分を表現すること」が大切だと思います。

生活のなかで自分自身を表現していると、地域のなかに自分のスタイルがつくられていきます。僕自身は、「いつでも、好きなところに接続する」というスタイルで生きています。大それたことでなくても、なにかちょっとやりたいと思ったときに、気軽に人とつながるということですね。仕事や地域活動だけでなく、趣味の釣りでも、自分がかかわりたいと思ったところにかかわる。それが大切だと思っています。」

——自分の言葉で表現し、自分のスタイルをつくる。地域で生まれ育ち、いまもそこに暮らす阿部さんの生活には、地域のつながりを楽しむ方法が詰まっている。