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相手方の債務不履行により、危機的状況に陥り、種々の出費をした場合の相当因果関係の範囲(東京地判令和5年3月24日)

 今回ご紹介するのは、原告が、被告に食品缶詰の製造を委託したところ、被告が製造した缶詰から虫(ゴキブリ)が発見された事案です。原告は、緊急事態の対応のために、専門業者に危機管理コンサルティング業務を依頼して費用を払い、また、クレーム等の対応のための交通費及び宿泊費、クレームに対する謝罪のための手土産代等並びにクレーム対応のための会議室代等の費用についても支出し、これらが相当因果関係がある損害であるとして、被告に損害賠償を請求しています。

静岡地方裁判所令和4年11月8日(平成29年(ワ)第868号他)TKC 25594349

事案の概要

事実関係

原告が、被告に食品缶詰の製造を委託したところ、被告が製造した缶詰から虫(ゴキブリ)が発見された事案。原告は、消費者からの返品・クレーム対応、返品在庫の廃棄、予定していた販促キャンペーンのキャンセル及び取引先への対応を余儀なくされた上、ブランドのイメージが毀損されたことにより売上が低下するなどの損害を被ったなどと主張して、被告に約9億円の損害賠償を請求。請求額の明細は、次のとおりです。
(ア)購入者等への返金額及び代替品費用
a 返金額及び代替品費用等
b 返金業務委託費用
(イ)緊急対応コールセンター費用
a 追加10回線開設費
b 回線利用料
c 緊急対応コールセンター業務委託費用
(ウ)クレーム対応のための人件費、手土産代等
a クレーム対応のための人件費、手土産代等
b データ抽出作業料
c 開封済みの返品製品を入れるための保存バッグ代
d チラシ用サンプルの代替品購入費用
e ニュースリリース掲載費用
f 株主への謝罪文の書面制作費用
(エ)流通返品在庫の原価相当額
a 卸売業者及び小売業者等から返品された製品の原価相当額
b 農中ファシリティーズから買取拒絶を受けたJA特注品の原価相当額
(オ)購入者等からの返品に伴う送料、保管料等の費用
a 返品に伴う送料、保管料
b 取引先に対する作業代、保管代、利益相当額等
(カ)販売不能ギフト詰替えのための費用等
(キ)品質問題対応のためのコンサルティング等の費用
(ク)キャンセルを強いられた広告宣伝等に係わる費用
a 自粛した自社の広報活動のための費用
b 社内イベント等のキャンセルに伴う費用
(ケ)被告製造製品の資材・在庫等
a 農中ファシリティーズからJA特注品の買取拒絶を受けたことにより無駄になったJA特注品専用の資材の調達費用
b 被告工場における製造中止に伴う費用
(コ)マルアイ商事からの損害賠償請求額
(サ)契約割戻金補填額
(シ)逸失利益

裁判所の判断

「消費者や取引先等に対する申出に応じた返品等の通常の対応を超えて、事態を早く収束させたり顧客関係を保持したりするなどの目的で、原告自身の経営戦略に基づく判断で行った対応のために発生したと評価される費目に関しては、被告の債務不履行及び本件事故と因果関係がある損害と評価することはできない
…食品企業において異物混入事案が発生し、報道された場合に、必ずしも危機管理コンサルティング業務を委託する必要が生じるわけではなく、その要否及びコンサルティング業務の範囲等に関しては、経営戦略に基づく独自の判断によるところが大きいのであるから、このための費用について、被告の債務不履行及び本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできないというべきである。…
…原告は、クレーム対応のための人件費相当額、クレーム等の対応のための交通費及び宿泊費、クレームに対する謝罪のための手土産代等並びにクレーム対応のための会議室代等を損害額として主張するが、商品の返品を受け付ける際、商品の代金相当額を支払えば、商品を購入した消費者に対する損害の填補としては足り、仮に消費者や小売販売業者から求められたとしても、従業員をして消費者や小売販売業者を訪問させ、その際に手土産等を持参することが必須であるとはいえない。したがって、上記の費用は、原告が独自の判断に基づいて支出したものであって、被告の債務不履行及び本件事故と相当因果関係がある損害とはいえない。…」

解説
 食品の異物混入のようなショッキングな事態が発生した場合には、企業イメージの毀損を防ぐために、危機管理コンサルティングサービスを利用したり、顧客に手土産を持参したりするなどの対応を取ることも検討の対象になります。しかし、そうした対応のために支出をしても、民法上の原則に従えば、債務不履行における損害賠償請求は、法的な因果関係がある範囲に限られることから、法的に必要な範囲を超えている支出については、相手方に損害賠償請求はできないことになります。
 そこで、契約書においては、上記のような費用についても損害賠償の範囲に含まれることを明記しておくことも考えられます。
 この問題は、食品への異物混入に限らず、個人情報の漏洩などの事態についても同様にあてはまる可能性があります。損害の範囲について明示的に諸々の費用を列挙した契約書はあまり見かけませんが、委託先との契約を締結するにあたっては、諸々の事態を想定して、慎重に契約書の内容をレビューしておくことも一案です。

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