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#3「島守のうた」脚本
●【場面四、ある朝】
♪BGM
(朝食を食べる荒井退造。笑顔はなく、食もなかなかすすまない)
荒井「…ご馳走さまでした。」
上里「部長さん。ほとんど食べてないじゃないですか」
荒井「あぁ・・・」
上里「大丈夫ですか?」
荒井「行ってくる。」
上里「部長さん!」
荒井「・・・行ってくる」
上里「行ってらっしゃいませ。」
(トボトボ歩く荒井)
警察B「対馬丸に乗った息子たちから連絡がない」
父兄A「いったいどうなったの!?」
役人「それは…。」
軍人A「対馬丸の件は軍事機密であるからにして公表してはならん!」
警察A「しかし…。」
父兄B「教えてくれ!息子たちはどうなった?」
父兄A「対馬丸は…敵にやられてしまったんですか?沈んだんですか?(泣き出す)」
警察B「(唇を噛みしめ鳴き声を押し殺す)…むんんん…。」
警察A「…君の家族も対馬丸に?」
警察B「(悔しそうに一度だけ頷く)」
軍人A「戦をしている以上、ある程度の危険や犠牲は想定内である。」
父兄A「あなたたちが疎開するよう言ったのに!どう責任とるの!」
役人「国からの命令でしたことじゃないか…」
警察A「対馬丸事件以来、部長は疎開の事で我々に一言も促さなくなった。
部長は住民と直接関わってきた私たちの心境を察し、立場に同情している。だから、何も言わなくなった…。」
警察B「部長、我々は対馬丸の悲劇を乗り越え…勇気を奮って、疎開を進めなければいけません。…部長、我々を指揮してください。」
上里(老)
「部長さんは、これまで何か困難があると、碁盤とにらめっこ。
碁石を並べながら、不利な状況を好転できるよう必死に考えているようでした。」
(取りついたように黙々と囲碁をする荒井。囲碁をしている内に、過去の記憶が甦る)
●【場面五、清原村】
(囲碁をしている少年時代の荒井退造と兄の甲一)
甲一「参りました。」
退造「ありがとうございました。」
ワカ「まあ、兄を負かすなんて、退造さんは囲碁がお強いのですね。」
退造「たまたまです」
甲一「いえ。お母さん、ボクも囲碁は好きですが、退造には及びません。」
ワカ「退造さんはどうしてそんなにお強いのですか?何かコツがあるのですか?」
退造「…昔読んだ本に書いてあったのですが。囲碁の本質は智・仁・勇の三徳にあります。
智とは何が正しいかを識ること。仁とは相手を思いやること。勇とは勇気をふるって打ち込むこと。
僕は、それをぐるぐる考えて打っているのです。」
甲一「へぇー。智・仁・勇かぁ」
ワカ「退造さんは囲碁の名人になりますね。」
退造「いいえ、お母さん。」
甲一「退造は警察官になるんだよな。」
ワカ「警察官?」
退造「警察官になって、お母さんを守るんだ。」
ワカ「まあ。」
甲一「ボクはお母さんや退造が腹いっぱい食べられるよう、父さまの後を継いで、農家になります。」
ワカ「甲一、お前は優しい兄だね。退造、お前も立派な息子だよ。」
甲一「ヘヘ。」
退造「ヘヘ。」
ワカ「二人は自慢の息子だよ。」
甲一「退造、庭の木に柿がなってたぞ。」
退造「柿、食べたい。」
甲一「兄ちゃんがとってやる。」
退造「うん。行こう。」
ワカ「二人とも、気を付けるんだよ。」
甲一「わかってます。」
退造「はーい。…兄ちゃん、柿を食べたら、風呂に入ろうよ。」
ワカ「…甲一…退造…。」
退造「はい。」
(少年の退造が大人の荒井退造に碁石を渡す。荒井、碁石をぎゅっと握りしめる)
荒井「仁・智・勇・・・よし!」
(何かをふっきったように、いつもの荒井退造に戻る)
荒井「よし枝。」
上里「はい…。」
荒井「ちょっと県庁まで行ってくる。」
上里「やはり、部長さんはブルドッグです。」
荒井「ブルドッグは勘弁してくれ。では、行ってくる。」
上里「行ってらっしゃいませ。」
――次章へ続く――