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#7「島守のうた」脚本

●【場面十、嘉手納の部落】

上里(老)
「島田知事は激務の合間をぬって、自ら地方行脚を試みました。すると、部落では知事さんがみえたというので大騒ぎ。
部落では、区長や顔役が集まって、とっさの間に泡盛が用意され、野菜や豆腐が運ばれました。
島田知事は酒のいける方だったので、部落の人たちと酒を酌み交わし、絆を深めていったものでした。」

(三線がやむ)

上里「知事さん、この島はやがて戦争になるんですよね?」
島田「…そうですね。確かに、やがて沖縄は激しい戦となるでしょう。沖縄の皆さんには計り知れないご苦労をおかけしております。」
上里「じゃあ、どうして?知事さんはどうして、こう明るくしておられるのですか?」
島田「この戦争が終われば、また、笑いあい、歌い、おいしい泡盛が飲める日が必ず来ます。
私は、ぜひ皆さんに、前を向いて頂きたい。悲しみに暮れるのではなく、また今日の様な日が来る事を信じて頂きたい。
だからこそ、私が暗い顔をして、下を向くわけにはいかないのです!」

(三線をならし)

上里(老)
「いくさ世もしまち、みろく世もやがて、なじくなよ臣下、命どぅ宝。」

荒井「…皆さん。ここもやがて、危なくなることでしょう。だから我々は皆さんに疎開をお願いしております。」
島田「皆さん、生きて…頑張って生きて…命を大切にして欲しい。」

上里(老)
「沖縄の人たちと運命をともにする意識が知事の胸底には強くあったと思われます。
島田知事の深い情は、その後、厳しい統制や風紀取締を止め、遂には村芝居までも復活させ県民を楽しませました。実に、花も実もある善政でした。」

(暗転)

●【場面十一、壕の中】

上里(老)
「一九四五年三月二十三日早朝、那覇市の上空に突如、不気味なサイレンが鳴りひびきました。」

(空襲警報)

上里(老)
「そして、午前七時十五分。沖縄は敵機述べ千数百機による激烈かつ執拗な大空襲に襲われました。こうして、沖縄戦が幕を開けました。」

(沖縄戦の映像)
(壕内で指揮をとる島田知事と荒井部長)

荒井「我々は当初、城岳にある県庁職員壕で指揮をとっていましたが、その後、軍司令部に近い首里にある与儀清秀医院内にある壕へ移りました」
浦崎「空襲と艦砲射撃が少しおさまる夜、人口課の職員を島尻地区へ送り、北部疎開への最後の督励を日々行いました。」
嘉数「食糧配給課には、食糧の北部への分散輸送と、市民に徹夜で米を配給するよう命じました。」
上里「部長さんや知事さんは、帰る家も、頼る家族も失った私達を、今後戦場で足手まといになるかもしれないのに、そのまま戦場に放りだすわけではなく、警察部職員として壕で働かせてくださりました。」

(島田知事を訪ねる具志堅宗精那覇警察署長)

具志堅「知事さん、この壕は土でできております。土の壕では爆弾をくったらひとたまりもありません。知事の命は六十万県民の命です。どうか、ある程度完備した私の壕に引っ越して頂きたい。」
島田「具志堅さん、ありがとう。では…。」

上里(老)
「そうして、島田知事は具志堅宗精那覇署長のすすめで、繁多川にある新壕へ移りました。」

●【場面十二、市町村会議】

(激しい爆撃音)
(新壕の中)
(市町村会議の準備をする県庁女子職員)

上里(老)
「二十七日午前八時、県は、国頭郡及び中頭郡交戦地区を除く県下市町村長、警察署長の合同会議を開催した。」

(続々とあつまる各長)

記者「首里市長、糸満市長、警察署長も那覇、糸満、与那原…なんという顔ぶれだ。」

(島田、荒井が各長の前に姿を現す)
(島田、髪を軽く整える)

島田「皆さん、飛び交う砲弾の中、決死の思いで集合し、意義深い陣中会議を開催し得たことは感謝にたえない。しかしこれから戦争はいよいよ苛烈を加え、長期にわたることを覚悟しなければならない。
そこで、この機会に、皆さんと共に、十分懇談を尽くしたい。荒井部長、よろしくお願いします。」
荒井「まず、壕での生活についてですが、壕に隣組を組織し壕長において統制ある生活を営むこと。また、敵機に発見されぬよう壕の出入りを厳重にし、壕の補強につとめるよう。壕内の衛生にも充分注意し、共同炊事を実行してください。」
島田「皆さん、命を無駄に捨ててはなりません。そのため、安全な壕にたてこもることが大事であります。また、戦局の推移につれて多くの避難民の移動が考えられます。
食糧も壕も不十分なことは承知していますが、生死を共にしている今こそ、受け入れにあたっては同胞愛を発揮して、世話してやっていただきたい。
そして、戦いがいかに激しく、また長びこうとも住民を飢えさせることは、行政担当者として最大の恥と思うように。
麦は早く刈り入れ、甘藷を植え付け、野菜を増産する一方、避難民はどの畑からでも作物を自由に取って食べても良いこととします。」
荒井「この施策を、間違いなく末端まで浸透させるようにお願いします。県民は今、砲弾が飛び交う中、暗い地下壕生活を余儀なくされ、苦しんでいます。勝利の日まで辛抱をつづけ、頑張りましょう。」

記者「…我々もすぐに記事にしなければ。」
具志堅「あなたたち新聞記者も大変ですね。砲弾飛び交う中、司令部や各壕を取材して廻り、配達する。この状況でまだ新聞を作るのですか?」
記者「住民たちには情報がありません。今、この沖縄で起きていることを僕らが伝えなければ。」
具志堅「しかし、あなたたちは民間人だ。なにも、そこまで…。」
記者「我々にも責任はあるのです。」
具志堅「え?」
記者「我々、報道機関は…『死中に活あり』『試練に打ち勝て』と勇ましい言葉を並べ、これまで県民を鼓舞してきました。時には…沖縄に米軍は来ないと…誤った情報までも。
そのせいでどれくらいの住民が逃げ遅れたでしょう。せめて最後まで、我々は新聞を配りつづけ、沖縄の今を伝えます。」
具志堅「新聞屋の意地ですか…。」
記者「さあ、市町村会議の記事をまとめないと…。」
具志堅「(記者に敬礼)」

上里(老)
「日本の行政史上前代未聞の洞窟内市町村会議は、敵弾を浴びて開かれたが、不幸にもこの会議が沖縄県最後の会議となりました。」

(各市町村長を見送る島田知事の目は涙で潤んでいた)

――次章へ続く――

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