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#4「島守のうた」脚本
●【場面六、泉知事】
上里(老)
「政府は沖縄県に本土に八万人、台湾に二万人、計十万人を疎開させるよう通達しました。
部長さんは、最悪の事態を想定し、意見を異にしている県知事を半ば強引に説得しながら、疎開業務を進めていきました。
沖縄の治安警備の責任者は自分であると奮いたたせ…。部長さんをはじめ警察部は黙々と疎開業務を続けたのでした。」
(クマゼミの鳴き声)
(県知事室。泉守紀沖縄県知事と内政部長、荒井退造、浦崎純が会議をしている)
(泉守紀沖縄県知事は暑そうに扇子を扇ぐ)
荒井「まつ毛に火がついてからでは遅い!沖縄がこれからどうなるのか。最悪の状況を念頭におかなければなりません。」
泉「荒井君、だけど本当に米軍はこの沖縄に来るのかね?」
内政「既に家族を県外に疎開させた県職員もいるということです。」
泉「そんなにあわててどうするか!…無駄に県民の不安を駆りたててるだけじゃないのかね?」
荒井「現在の戦局を考えれば、疎開は差し迫った急務です。」
泉「県外に行っても住む家も仕事すらない。県北部にしたって耕す畑すらない状況。
そんな所に住民をやれば、戦争が始まる前に飢餓状態が起きるに決まってる!」
内政「知事のおっしゃるとおり!」
荒井「しかし、戦に沖縄の人たちを巻き込むわけにはいきません!我々はそのために手を打たねば。」
泉「だがね、荒井くん…。我々がそれを勝手に判断するというのは…」
荒井「知事。政府からは既に十万人の引き上げ指示の通達も来ております。」
内政「十万!そんな人数を疎開させるなんてできるわけがない。」
泉「私は知らんぞ。十万なんてそんな数字、知らんぞ!」
荒井「(知事をにらみつける」)
泉「(バツが悪そうに咳き込む)オホン。兎に角、十万人の疎開なんて私の一存では決められない。明日にでも上京し、内務省と協議する。」
荒井「今、知事が沖縄を離れたら、現場の指揮は…。」
泉「もういい。」
荒井「・・・では、疎開につきましては…我々警察部で!今まで以上に推進してまいります。よろしいですね!」
泉「…。」
荒井「…知事、よろしいですね!」
泉「まぁ…君がよければ…。」
荒井「では。」
(荒井退造、知事に一礼し、無言で退出)
内政「なんだあの態度は!」
泉「彼は今の状況が理解できていないんじゃないのか?」
内政「おっしゃるとおり!」
泉「毎日毎日、軍からは勝手な要求が次々と飛んでくる。最初は軍幹部のために県庁の施設を提供しろと…。
次は島を戦場にするから県民を動員して飛行場を建設しろ。さらには、兵隊のために慰安所をつくれ。毎日毎日、無理難題を突きつけてくる。
奴らは岡山や鹿児島に慰安所をつくれ、と言えるだろうか。沖縄も皇土ではないか。
どんなに兵隊が増えたといっても、いやしくも皇土の中に慰安所をつくるわけにはいかんだろ。」
内政「軍人という奴らは、実に驚くほど風紀を乱します。皇軍としての誇りはどこにあるのか。」
泉「軍は住民に対し、玉砕せよだの退去せよだの勝手な事ばかり。」
内政「中には『軍がこうして沖縄で頑張っているのに、本土に疎開するのはけしからん』と住民を脅す部隊長もいるとか。」
泉「だったらこちらに頼みごとばかりせず、自分たちだけで戦をすればいい!
浦崎君、沖縄県庁は軍の指揮下にあるのかね?私は、軍の遣い走りをするためにこの沖縄に来たわけじゃない!
奴らが勝手に始めた戦争で死ぬために行政官になったわけでもない!」
上里(老)
「疎開業務に理解を示さない知事と軍の溝は埋まらず、荒井警察長が常に板挟みになっておりました。
知事や内政部長は疎開に消極的で、遂には妨害工作とも取れる行動をとるのでした。」
(電話をしている泉)
泉「これは内密の話だが、疎開の必要はないと思うよ。警察部長が独断でやっていることなんだよ。」
(ラジオで話す内政部長)
内政「ええ…県民の皆さんにお伝えしたい。県外や台湾への疎開の話しを耳にしていると思いますが、米軍は沖縄に上陸しないから、疎開の必要はありませんよ。」
上里(老)
「こうした無責任な発言を信じ幾人の住人が逃げ遅れ、尊い命を失ったのであろう。
…そして、十月十日の大空襲。那覇の街は焦土と化しました。」
●【場面七、十十空襲】
(空襲警報と爆撃音)
(鉄帽をかぶり、服もはだけて逃げ惑う泉守紀)
泉「敵が攻めてきた~!なぜ日本軍からは迎撃機は一機も飛びたたない!
弱い住民には軍刀を振りかざし威張り散らし、結局、見てみろ、空には敵の飛行機しか飛んでないじゃないか!
…散々、住民を働かせて…何のための飛行場か!何のための軍人か!…ムムムムム…逃げろ!逃げろぉぉ!」
(空襲警報と爆撃音)
(県庁で指揮をとる荒井退造)
県女A「敵機情報。玉城から那覇方面へグラマン十七機。」
県女B「与那原よりグラマン十機。」
県女C「小禄・豊見城方面グラマン十二機。」
警察A「荒井部長、那覇の街が燃えています。」
荒井「こんな大事に、知事はまだいらっしゃらないのか?」
警察A「連絡がとれません。」
(近距離での爆発音)
県女ABC「キャア。」
荒井「動くな!監視隊員はちゃんと通信を受けなさい!」
警察A「我々は…」
荒井「これより、我々警察は、住民の避難対策をとります。」
警察A「はい!」
(荒井退造の指揮のもと、空襲の中、人命救助を行う警察官たち)
上里(老)
「知事は戦災にあえぐ市民の救済を放棄し、中頭郡普天間へ逃亡。何の指示もできず、空襲が終わるまで壕から出ることはなかった。」
(上里を探す荒井)
荒井「よし枝…よし枝…。」
上里「部長さん…。」
荒井「よし枝、探したぞ。今までどこにいた?」
上里「近所の壕に隠れていました。」
荒井「心配したぞ」
上里「部長さん。これを」
荒井「これは…。よし枝。まずは自分の命を大切にしなさい!碁盤なんて、焼けてしまっても構わん!」
上里「いえ!これがなくてはいけません。部長さんは、いつも囲碁をしながら、これからの沖縄を、私たちを守ることを一生懸命考えてらっしゃいます。
これがあれば、多くの命を救うことができるから!私一人の命より、もっとたくさんの人を救えるから!…大切なんです。」
荒井「智・仁・勇だな」
上里「智・仁・勇?」
荒井「いや、なんでもない。ありがとうよし枝、一緒に安全な壕に避難しよう。」
上里「…はい。」
上里(老)
「県の中枢は、警察以外の行政機能を失っていました。
その後、沖縄県政府高官は次々と県外への脱出を試み、遂には沖縄県知事までもが東京へ発ち、二度と戻っては来なかった…。
知事が不在、内政部長は頼りにならないという状況で、荒井部長が事実上、県の最高責任者として扱われるようになりました。」
荒井「…俺は…この沖縄をどうすればいいんだ…。」
上里(老)
「そういった困難な状況の中。
一九四五年一月三十一日、一人の男が第二十七代沖縄県知事としてこの地へ第一歩を踏み出します。
連日の空襲から、何とか焼け残っていた県庁では、職員が玄関前広場に出て新知事をお迎えいたしました。
黒縁丸眼鏡に、さっぱりした短い髪、長身で筋肉質、黒サージに詰め襟の国民服で包んだ姿が好印象でした。男の名前は、島田叡。」
――次章へ続く――