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#9「島守のうた」脚本

●【場面十五、首里陸軍壕へ】

上里(老)
「一九四五年五月。恐ろしいほどの戦力で、沖縄を蹂躙していくアメリカ軍の侵攻は、首里にある軍司令部ののど元にまで迫っていました。軍は、撤退かこの場に留まっての応戦か。決断を迫られていました」

(暗転)
(艦砲射撃の音、ドーンドーンと暗闇の中、長い間鳴り響く)
(艦砲射撃の合間をぬって、命がけで首里の陸軍壕へ向かおうとする島田と荒井)

小渡「島田知事、荒井部長、外は大変危険です!」
嘉数「敵の砲弾がいつ落ちてくるかわかりません。」
島田「軍は県民も玉砕だ、などと言っているが、私はなんとしても県民を守らねばならない。」
荒井「南部に撤退だなんて言語道断!」
小渡「しかし…首里は狙われています!」
嘉数「無茶です!お二人に万が一のことがあったら…」
二人「構わん!」

(首里の三十二軍の壕内)

島田「武器弾薬もあり、装備も整った首里を放棄して、沖縄本島南端の摩文仁まで下がるとなれば、戦線を拡大することになります。」
荒井「南部には多くの避難民がいます。このままでは、彼らが戦争に巻き込まれることになる。これ以上、沖縄県民を犠牲にしてはいけない!」
島田「住民を道連れにするのは愚策である!」

(暗転)

●【場面十六、八重瀬の道】
 
上里(老)
「一九四五年五月二十二日。必死の訴えもむなしく、軍は、首里を放棄し沖縄県南端喜屋武半島への撤退を決断。
この決断は、島田知事、荒井警察部長が最悪の事態と予測したとおりとなり、戦争の闇は、この後、二人の懸命の努力をあざけ笑うかのように、多くの県民の命を奪っていくのでした。」

♪雨の音

島田「私たちは、壕を転々としながら、南へ南へと避難しました。…雨の中、艦砲射撃で穴ぼこだらけになった泥の道を。」
荒井「非難する途中、おびただしい数の死体を目にしました。敵の砲弾は容赦なく人の命を奪っていったのでした。」
上里「やっとの思いで避難した壕を、あろうことか日本兵に追い出され、艦砲射撃の的になった住民も多くいました。」
島田「負傷者のうめき声が響き渡り…。中には、手足を失い、亀の様にはいずりながらも必死で逃げようとする姿も。」
荒井「負傷兵は私たちに言いました。殺してくれ…殺してくれ…と。」
上里「それも叶わないと、住民は自ら青酸カリをあおり、自決するのでした。」
島田「戦争は幼い子供たちにも容赦なく襲いかかりました。」
荒井「家族とはぐれ、泣いている男の子。」
上里「死んだ母親にすがりつく赤ちゃん」
島田「…でも、たすけられない。」

(子供の遺体に手をあわせ、心を痛める島田知事)

♪雨の音。※最初はぽつぽつ降っていた雨が徐々に激しくなっていく

上里「知事、部長、濡れてしまいますよ」
島田「この島は、雨が多いですね」
荒井「はい」
島田「この雨は、いったいいつになれば止むのか…」
荒井「…命が簡単に奪われていく…みな死んでいく…この雨粒のように…。」


●【場面十七、轟の壕】

上里(老)
「一九四五年六月、島田知事一行は、沖縄県南部の真壁村伊敷集落の巨大自然洞窟『轟の壕』に辿り着きました。
壕内は、後退する軍や防衛隊、避難民の出入りが頻繁になり、敵の偵察機も注目するようになりました。
海上の艦艇からも砲撃されるようになって、いよいよ死傷者が出始めました。
その頃、荒井警察部長は重い赤痢にかかり、痩せ細り、ぐったりしていたのですが…。」

荒井「…六十万県民…ただ暗黒なる壕内に生く…。」
(倒れているところからゆっくり立ち上がる)
荒井「…この壕もすでに敵に包囲され、敵の思いのまま…馬乗りされ、朽ち果てるのはまっぴらだ。…壕を出て、戦おうじゃないか。夜のうちに。或いは、朝討ちしようじゃないか。」

(周りを見渡し、誰もいないことに気づく)

荒井「沖縄の現状を本土へ知らせるために発った警察別働隊から、何も連絡はない。住民を知念方面へ避難するよう誘導していた警察官たちも、消息不明。日々、一人また一人といなくなっていく。私の大切な部下たちが次々に死んでいく!私一人だけ、(お腹を殴る)腹の具合が悪いからと寝てるわけには…。」

(言葉なく苦悶の表情)

荒井「この沖縄戦での官民の苦難と奮闘ぶりを本土の政府に伝えたい…」
荒井「…知事…私は、住民を避難させる為とはいえ、多くの警察官を砲弾の中に向かわせてしまった…。軍の命令とはいえ、住民たちに軍の南部撤退を手伝わせてしまった。…それで逃げ遅れた人もたくさんいる。そして対馬丸は…。」
島田「荒井さん…私は…私は、今日を期して、警察部を含む沖縄県庁を解散します。」
荒井「…県庁解散…。…良かった。これで、皆を解放できる。」
島田「警察部の皆さんも、もう危険を冒して住民の避難誘導をしなくていい。」
荒井「ありがとうございます。」

(島田、荒井の肩を抱き、己の無力を実感し、悔しさをかみ殺すように泣く。)

上里(老)
「一九四五年六月八日、島田叡知事は、県庁と警察部を解散。六十八年にわたる県と警察部の歴史に幕を下ろしました。」

島田「今をもって警察部を含む県庁を解散する。これからは自由です。自分の命を守ることに尽くしなさい。沖縄のためにも皆、どうか命を永らえて欲しい。」
小渡「島田知事、知事は…これからどこへ?」
島田「私は…軍司令官と行動を共にします。」
嘉数「我々も、知事と最後まで行動を共にさせてください。」
島田「小渡君、嘉数君、君たちは若い。生きて沖縄再建のために働きなさい。」
小渡「知事は赴任以来、我々沖縄県民のために十分お働きなさいました。」
嘉数「知事…最後は…手を挙げて、出られても良いのではありませんか?」
島田「…私は県民を戦に巻き込まれないようにするために必死だった。…しかし、そのために多くの若者を戦に送り込んでしまった。それは事実だ!沖縄を、この日本を守るため、未来ある若者たちを死なせてしまった…。そんな私が生きて帰れると思うかね?沖縄の人がどれだけ死んでいるかわかるだろう?…それにしても私ぐらい県民の力になれなかった県知事は後にも先にもいないだろう。これは、きっと、末代までの語り草だな。」
小渡「そんなことありません…。あなたがいなければ…。」
嘉数「あなたや荒井部長は…この島を守ろうと必死に尽くしてくれた…。だから!」
島田「戻りなさい。」

(島田知事、歩き出す)
(県庁職員の女子とすれ違う)

荒井「よし枝、来なさい。」
上里「知事、部長さん、どちらへですか?」
荒井「私と知事はこれから軍の壕へ行く。」
上里「では、私も。」
荒井「いいや、お前はここに残りなさい。」
上里「しかし!」
荒井「いいかい。よく聞きなさい。よし枝、君は非戦闘員だ。我々と行動を共にする必要はない。敵は、君たち女子供にはどうもしないから、最後は手を上げて出るんだぞ。決して、軍と行動を共にするんじゃないぞ。生きて生きて生き抜くんだ!」
上里「え…?………。」
荒井「いいな!」

(立ち去る島田と荒井)

上里「今になって捕虜になれとおっしゃるのですか?」

――次章へ続く――

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