異世界転生ものを一冊も読んだことのない私が悪役令嬢が出てくる異世界転生もののライトノベルにチャレンジしてみた件☆
「多分ここは異世界だ」
タケトが突如、そう呟いた。言われてみれば、何かがおかしい。
そもそもタケトの扮装がおかしい。長くて真っ赤な布を背中からぶら下げているが、ファッションとして前衛的過ぎやしないか。
「異世界って何?というか実世界って何なのさ。私、ここしか知りはしないよ。あんたは違うっていうの?」
タケトは目を伏せ、長い沈黙の後、答えた。
「俺も良く分からないんだ。実世界は知らない。しかし、ここは異世界だ、という直感が突如頭に落ちてきて、ぴたりとはまったんだ」
深刻な表情のタケトの電波な発言に、背筋が寒くなった。
「ええ、タケト、何言ってるんだよ。こわすぎるんですけど。不思議ちゃんも程々にして、ちょっと距離置きたくなるぐらいだよ。あと、なんなのタケトのその格好。横歩きたくないんだけど。友達だと思われたくない。引くわぁ。うわ〜」
「俺は勇者だからな。勇者らしい格好をしてるだけだ。と、いうかお前は誰だよ」
「は?私は、悪役令嬢でしょ??」
「悪役令嬢ってなんだよ?」
「私も知らないよ。なんか、令嬢なんでしょうよ。それで、悪役なんだと思う。あ、てことは、正義の味方の勇者であるタケトを殺さなきゃ」
都合が良いことに、そこらへんに手頃なナイフが落ちていた。私はとりあえずそれを手にとって、タケトの喉を掻っ切ることにした。
「何しやがる」
タケトは怒りを含んだ叫び声を上げ、私を強い力で、突き飛ばした。悪役とはいえ令嬢に向かって何たる所業。許すまじ。
「いや、だって私、悪役らしいから。この世界で悪役としての役割を全うさせたい。お命頂戴します」
タケトの喉元にナイフを突き立てようとした瞬間、軽快なヒップホップ調のBGMと共に、全身が紫色の人間らしき生き物が現れ、私とタケトをチラリと見たかと思いきや、唇を突き出し、手足をばたつかせながら去って行った。
「何あれ?」
「知らないけど、ま、異世界なんだからあんな事もあるだろ」
タケトの能天気なテンションと奇妙な生き物のせいですっかり殺意が薄れてしまった。
軽快なBGMだけがやけに、耳に残っていて悔しい。
「と、いうか悪役令嬢以上に意味不明なのはお前だよ、お前」
ああ、勇者(笑)タケトがとうとう触れてしまった。気にはなっていたが、敢えて視界に入れないようにしていたというのに。
そう、その男は、小太りで頭がはげ上がっており、なぜか白いブリーフだけを身にまとった姿の、紛れもない変態だった。
「私ですか?私はドMです。借金までしてSMクラブに通いつめていたことが妻にバレて離婚沙汰になったので逃げてきました」
上擦ったような甲高い声が、耳障りだ。
「何でお前のプロフィールだけそんな細々あるんだよ。俺も悪役令嬢もふわっとしてるのに」
「はっはっはっ、お前らそんな所にいたのか」
突如、頭に角の生えた男がやってきた。煙がもくもくと上がっているが、ドライアイスか何かだろうか。
「誰?」
「いや、私、魔王だけど。世界を滅ぼそうとしている魔王。お前の目的、私を倒すこと」
「なんで魔王は世界を滅ぼそうとしてるんですか?」
タケトは頭をぽりぽりと掻きながら、だるそうに聞いた。
「なんでって‥‥魔王は世界を滅ぼすものだから」
魔王が目を泳がせたのを、私は見逃さなかった。
「魔王さんはそんなのでいいんですか?与えられた役割をただ演じるだけの」
「うるさい!とにかくこいつは預かっていくからな」
大柄で筋肉質な魔王は変態を軽々と抱きかかえ、煙と共に去って行った。
「変態、いなくなったな」
「うん、あんなの連れていってどうする気なんだろう。私としては助かるけど。目障りだったし」
突如眼前にスクリーンが現れ、映像が浮かび上がる。
(ふっふっふっ、こいつはいただいていったぞ)
映像の中では変態が椅子にくくり付けられていた。目隠しが、猥褻さに拍車をかけており、見るに堪えない。
(うう‥‥助けて‥‥)
変態が上擦った声で呻いている。
魔王が水色のネバネバしたものを変態の肩に乗せた。
「スライムだ」
「スライムって何?」
「なんか半透明でどろどろっとした‥‥多分生き物?俺も詳しくは知らんが。う〜ん、気持ち悪いな、普通に」
スライムが変態の贅肉の乗っただらしない身体にまとわりつく。
(くっ‥‥殺せ)
「こういうシーン、なんか既視感あるな」
「なぜだか知らないけど私も知ってる。それにしても汚い光景‥‥うっ」
(スライムがブリーフの中に‥‥このままではR18になってしまう気がする。ああ、早く助けてくれー!)
変態がなぜか頬を朱色に染め、恍惚とした表情を浮かべながら、叫んだ。
それを見た瞬間、胸に激痛が走り、その場で倒れ込んでしまう。息苦しい。視界が霞む。
「どうした?悪役令嬢!!」
「今思い出したけど、私は汚いものを見ると死んでしまう病なの。ほら、悲しげなBGMが流れてるでしょ?これ、多分人が死ぬ時のBGMよ」
タケトはぷるぷると肩を震わせ、大粒の涙を零した。
「うわああ悲しいぞ。正直悪役令嬢に何の思い入れもないけど、人が死んでしまうシチュエーション自体は悲しいぞ」
「いやあなた、思ったこと全部言い過ぎ」
「言語化は正確にするっていうのが俺のモットーなの」
「ああ、私はもうだめ‥‥タケト、私を置いて魔王と戦ってきて。それが勇者ってものでしょ」
「分かった。俺はもう行く。お前の仇はかならずとるからな!!」
タケトは壮大なBGMと共に、あっさり去って行った。薄れゆく意識の中、私は考えた。一体異世界とはなんなのだ?そして、悪役令嬢とは?別に悪役らしいことできなかったなぁ‥‥さようなら、勇者タケト、さようなら、変態。そして私の意識は‥‥ぷつりと途絶えた。