「多分ここは異世界だ」 タケトが突如、そう呟いた。言われてみれば、何かがおかしい。 そもそもタケトの扮装がおかしい。長くて真っ赤な布を背中からぶら下げているが、ファッションとして前衛的過ぎやしないか。 「異世界って何?というか実世界って何なのさ。私、ここしか知りはしないよ。あんたは違うっていうの?」 タケトは目を伏せ、長い沈黙の後、答えた。 「俺も良く分からないんだ。実世界は知らない。しかし、ここは異世界だ、という直感が突如頭に落ちてきて、ぴたりとはまったんだ」 深
それは肌の細胞の一つ一つにに染み渡る程の冷たさが堪える、冬の午後のこと。 私が一人、忘れ物を取りに教室に戻ると、そこには、田中さんがいました。 田中さんは、艶のある髪をショートカットにしていて、身長が170センチ程とすらりと高く、大変美しい女生徒です。 田中さんは、基本的には誰とも交わらず学校生活を送っており、いつも、笑いさざめく女生徒の群れの中で、一人で物思いに耽るような表情をしているのです。 私にも、友人が一人もいなかったのですが、その事をどこかで恥じておりました。 いつ
人への恐怖心が拭えない。私は何故だか、昔から同性から好かれなかった。 人に対して、敬意を持って接する、決して悪口を言わない、自慢と受け取られそうな発言をしないよう気をつける、話を聞いて欲しいと言われたら、心から親身になって、相談に乗る。友人の好きな人からは、例え向こうから好意を寄せられたとしても、距離を取る。 そういう最低限のルールは厳守していた筈なのに、仲間外れにされることが多かった。 苦しかった。 一時的に、すごく親しく接してくれる友人もいた。 恋愛についてとても悩んでい
私はバイト帰りに、ぼんやりと百貨店の透明なショーウィンドウを眺めていた。 しかし、ふいに後ろに立つ影に気付き、体が冷え、息が荒くなり、その場にへたりこみそうになった。 ゆっくりと空気を肺に溜め込み、それら全てを吐き出して、気持ちを落ち着かせると、かたい地面を汚れたスニーカーで踏みしめ、足早にその場を立ち去る。 まさか彼女にこんな場所で遭遇するとは思ってもいなかったため、動揺で魂の芯が冷え、同時に身体の表面が熱を持ち、爆発し、砕け散りそうになった。 彼女はここのところ、執
「あなたのその、虐げられてきた者特有の目が厭でしょうがないのよ」 私の飼い主が、錯乱し、腰まである乱れた、しかし艶のある髪を振り乱して甲高い叫び声を上げました。 以前は私の頭を優しく撫でて、良い子ね、等と甘く囁やき、可愛がってくれていた日々もあったというのに‥‥。 今となっては自室の壁に、小さく可憐な頭を打ち付けては、私に対する非難の言葉を投げかけてくるのです。 「最近ね、あなたを見ていると、嫌悪感の塊が喉の奥からせり上がってきて、嘔吐しそうになる事があるの。昨日なんてね
旅先で友人と夜の街を彷徨っていた所、突如背後から甲高く、人工甘味料を思わせる甘ったるい声が飛んできた。振り返ると、その声の持ち主は、長い黒髪をツインテールにした、痛々しい程華奢な女の子だった。 声をかけられると同時に何故か、袋に入った安っぽいクリームパンを渡された。 彼女は異様な程に陽気だったが、瞳が明後日の方を見ている。ここにいるけど、魂はここにはない。そんな感じであった。女の子は、けらけらと乾いた笑い声を上げていた。 危機感を覚えたらしい敏感な小動物のような友人は、私の手
私と同じ中学校に通うナオちゃんは、まるで男の子ように見える女の子だった。 私はナオちゃんに、恋の話や好きな芸能人の話を屈託なくする、他の女の子とは違う魅力を感じていた。 彼女が私が大好きな黒髪ショートカットのボーイッシュなアイドルに似ていたから、という単純な理由もあった。少なくとも最初は。 どういう訳か、ナオちゃんは、いつもひとりぼっちだった。 彼女は休み時間などはいつも遠くを見るような瞳をして、気怠げに教室の開け放された窓の外を眺めていた。 風に靡く、ナオちゃんの艶々の短い
少女の下腹と胸の奥、頭の中をちりちりと炙る炎。 それら全てを持て余し、ぱたぱたと自らに風を送る手のひらの先にある指先を、もう片方の手のひらで握ってみると、じんわり火照っていて、彼女は思わず笑みを溢した。 少女の中に存在する炎は、青く紫で真紅で漆黒で、そして純白でもあった。 でも、決して矛盾はしていない。全ての色彩が、発光しているのだから。 熱い、暑い、熱い、彼女はそう呟きながら這うようにして浴室に向かい、冷たいシャワーを浴び、熱を帯びた頭や、胸や、腹に冷水をかける。 少女
自分の考えていること、感じていることを話し言葉として口から放つのがとても苦手だ。 一つの刺激に対し、様々な想念が浮かぶため、どれを形にし、日本語として表に出せばいいのか判断が遅れてしまう。 よって人と会話している時などにぽん、ぽんと素早く返すことができない。 昔は (応酬のスピード)にとらわれ、意識するあまり、慌ててしまいつい不適切な事を言ってしまったのではないかと煩悶してしまうことが良くあった。 あるいは、本当は言いたい事があったのに適切な伝え方が見当た
私が小学生の頃、テレビの中で人気を博していた賢いチンパンジーがいた。 そのチンパンジーが年を取ってテレビから引退する事になった時、3歳年下の弟から 「あの子はどこ行ったの?」 と聞かれた私はふと思いついて、 「あのチンパンジーはね、進化して人間になったんだよ…今頃街行く人の中に紛れ込んでるかもね」 と適当にホラを吹いた。 ちょっとした冗談のつもりだったのだが訂正するのを忘れていたため、幼かった弟は暫くの間その話を信じていた。 私は嘘を吐くのも吐かれるのも嫌いだが、ジ
こんばんは!タイトルの通りです。 スマホ以外からnoteの更新をするのは初めてなため、新鮮な気持ちでキーボードを打っております。 最近、パソコンで小説を書くのが楽しくてウキウキしている私ですが、パソコンさんったらいきなり文字の大きさを変えたり、謎の四角い表示を浮かび上がらせたりと予期せぬ動きをするのでびくびくしちゃいます。 今も何故か唐突に画面上にカレンダーが表示されて、恐怖に体を震わせていた所です。 ・・・・え??消えたから問題ないとはいえ、何ですかねあれ? 思え
いや、季節の足の早いこと早いこと…。 つい最近まで肌寒さに軽く震えが走る瞬間があり、毛布を被って眠る日々を送っていたというのに、もう日中は威勢の良い太陽の光に晒され、額やら胸元やらにじわあっと汗の滲む時期に差し掛かりましたね。 私は早起きな方で、朝は大体5時だか6時に起きるのですが、先日ふと5時台に窓の外に目をやると、薄い桃色の雲の隙間から空の青が望める事に気付き、何だかハッとしました。 思わず窓を開け、胸に吸い込んだのは緑の匂いと透明な驚きでした。 日
時場所タイミング問わず、感情が体液となって溢れ出し、目からこぼれ落ちる瞬間ってきっと誰にでもありますよね。 日常を送っている最中、唐突に自分の核がふわりと浮いて現実世界を遮断し、空想の世界に没入してしまう事があるのですが、そんな時涙は自分を地上に縛り付ける為のアイテムともなります。 涙が出たという事を意識すると、溢れ出す熱く冷たい感情の、その根幹に何があるのか注意深く観察することになるからでしょうか。 あとは、夕方の空にぽわっと浮かぶ月だとか唐突な春に戸惑うように
(あなたから流れ落ちる滴、血、肉、森、名も知らぬ小さな鳥、黒い猫、私の輪郭、それからありとあらゆる透明な沸き立つ生命の沸騰にサヨナラ。ありとあらゆる結合の、繋ぎ目 から滲む生温い膿にサヨナラ。) 閃光のような言葉がとある瞬間、じりじりとした熱を含んだ砂浜を歩く少年の鼓膜で弾け飛んだ。 それは彼が産まれた時から知っていた音か、或いは突発的に湧き出した泉のような意識の欠片なのかもしれなかった。 言葉に導かれるように、彼は服を一枚一枚脱ぎ捨てて、その瑞々しい生命そのも