夫の三つ編み
私の髪は無駄に長い。
途中わずかな期間の”イメチェン”があったがもう30年も同じようなストレートの長い髪をしている。
大学留学で日本を出た30数年前はショートだったが、大学時代の写真を見るとどれも真っ直ぐのロングで、変わったことと言えば20代のころは頭のてっぺんでポニーテールをしていたことと最近は頭の下でゆるめの団子にしていることくらいだ。難しいヘアアレンジや編み込みなどは出来ないので結えるならどこかで一つ、と潔い。
ちなみに中国と日本で仕事をしていた時期はちゃんとレイヤーが美しく入ったミディアムボプだった。この髪型は自分に似合っているなぁと思っていたが、いざその地を離れると再現してくれる美容師に出会うのは難しいOR高額なのでもうやれない。(*現在はアメリカ東に在住です)
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結婚してから、クリスマスの時期は唯一ちゃんと二人でバケーションが出来る日程なのでここ15年ほどはカリブ海の小さな島にダイビング旅行へ行っている。
私たちのダイビングは毎日本気モードwなので、1日に5回は潜っている。
朝8時に潜り、60分の海底と40〜60分の休憩を繰り返しながら4時ごろまでずっと海にいる。これが14日続く。
特に何かを見たいわけではなく、違う世界を体験するために、可愛い生き物達の生態をじっくり観察するために、風景を楽しむために潜っている。
今回のダイビング1本目は私のマスクの調子が悪く、海中で何度もマスククリアをせねばならなかった。曇った視界では不安だし面白くなく、上がった時の私の機嫌はすこぶる悪かった。
”シマチャン、三つ編みしてあげようか?”
いきなりでちょっと驚いたが、夫は私のマスクが曇るのはきちんと顔にピッタリ装着されていないからで、髪の毛をまとめてフードに突っ込んでいた私の後頭部が歪な形をしていたからだと思う、と説明した。
”髪をまとめてフードから出したらいいんじゃない?三つ編みなら解けて髪が邪魔にならないし”
そう言って私の後ろに回って、器用にキツめの三つ編みを編み始めた。
”僕は大学時代はパンクロックの格好をしていたから、髪は高見沢さんより長かったんだよ、授業がある日は邪魔にならないように三つ編みにしてたんだ”
そう笑う夫は几帳面な性格そのままに、美しく3等分された髪を綺麗に編み上げてくれた。
髪を触られている短い間、私は愛されているという幸福感でいっぱいだった。
くだらない喧嘩もするが、夫はとても優しい人で、小さなアレコレで私を幸せにしてくれる。
三つ編みで潜った2度目のダイビングではマスクが曇ることなく、それ以来そうやって潜った。ただし、それ以降は自分で不恰好な三つ編みをした。
思えば、幼い頃はショートカットばかりで、母親に髪をまとめてもらったことも三つ編みにしてもらったこともない。
それなのに、夫が三つ編みをしている間、私は子供に還ったような安心とティーンの頃のような恥ずかしさと、熟年夫婦の”あんたに任せたよ”的な複雑な幸せに満たされた気持ちだった。
私はあと100年生きるつもりだけど、もし夫より先に死ぬことになったら、その間際に髪を編んでもらおうと思う。
”シマチャン、三つ編み可愛いねぇ。”
シマフィー