
公立高校の寄宿舎について法的考察
少し関心があって、公立高校の設置する寮のルールについていろいろ調べていたのですが、大学の学生寮に関する議論は見つかるものの、公立高校の寮について法的な議論をしているものをほとんど見つけることができませんでした。教育学的視点から未成年の学生が入ることが想定されている寮や共同生活についての議論はされているようでしたが、法的にはあまり整理されていないように思ったため、個人的に整理することにしました。議論に誤り等があればご指摘いただけると幸いです。
なお、個人的に調べたところ高校においては各都道府県の規定上「寄宿舎」と読んでいるものが多いため、以下でも寄宿舎という名称を使います。
また、公立高校だけでなく一部過疎地等では公立中学校でも寄宿舎を設置しているところもありますが、基本的には公立高校を念頭に置いて議論しています。ただこの議論については公立中学校にも同様に当てはまるものと思います。
1.法的整理
(1)寄宿舎への入寮は行政法上の処分か
かつて国立大学の学生が学生寮へ入寮する行為について行政処分か契約かという論点があったようである。行政処分ではあるが憲法上の特別権力関係論から特殊性を認める、というような枠組みで議論されていたからだと思われるが、現在は契約であることを前提にその契約内容を見ていく、というアプローチが一般的だと思われるため、公立高校の寄宿舎についても契約関係にあることを前提に見ていく。
以下、寄宿舎に入寮する際に締結される契約について「在寮契約」ということにする。
(2)公立高校の寄宿舎の契約主体は
まず寄宿舎の建物自体の所有権が自治体である場合公物法が…という議論になるとも思われるが、建物の所有とは別に指定管理等で民間へ委託する場合もあるため、契約主体が誰かという点で見ていく必要があると思われる。
利用者側については実際に入寮する高校生であり、高校生が未成年者である場合は法定代理人が契約を締結することとなる。
では寮の運営側の契約主体は誰であるか。地方公共団体が契約主体となる場合と、地方公共団体から委託、指定管理等を受けて他の団体が主体となっている場合の2つのパターンがあると思われる。後者では委託契約の中で在寮契約の内容について定めているケースもあると思われるが、あくまでも当事者間で締結した在寮契約の内容が当事者を拘束するため、その委託契約の内容が利用者である高校生を拘束するわけではない。
(3)在寮契約の法的性質
賃貸借契約か使用貸借契約かという議論がされており、信頼関係破壊の法理が適用されるか等で差異が出てくる可能性がある。通常は、目的物の使用収益とその対価としての賃料を支払うという合意があるといえるため賃貸借契約と見るのが自然である。
一般の居住用建物の賃料の相場に比して相当に低い金額が定められている場合は使用貸借契約と見られる可能性があるが、公立高校に関しては行政側の住民への説明責任という観点から受益者負担を念頭に置いていると思われ、3万円~という金額が多いようであり、使用貸借とみられる場合は少ないであろう。
(4)公立高校の寄宿舎であるという事情の特殊性
基本的には一般的な賃貸借契約とは変わらないが、通常の賃貸借と異なる利用者の側の事情としては、寮に入らないと通学が困難であることが挙げられる。そもそも通学に困難が生じることから寄宿舎が運営されていることから当然のことである。一般の集合住宅に未成年者が契約し1人で住むことは現実的に困難であるため、寮に入る以外に通学する手段が実際はない、言い換えると寮に通えないとなると通学ができなくなるという、利用者側の不利益が大きい。
運営者の事情としては、教育の一環であるということ、学生に安価で居住環境を提供するという公共的役割がある、複数の生徒に共同生活を行わせるという観点からのルールメイクが必要である等が挙げられよう。
(5)内容への法的統制
入寮契約も対等な賃貸借契約であるとみると、双方が契約内容に合意していれば、その ルールが公序良俗や借地借家法等に反していない限り拘束力を持つし、違反すれば債務不履行責任が生じることになる。他方、契約時点で当事者に明らかにされていないルールについては、原則としてそのルールに法的拘束力はない。そして入寮後にルールを変更する場合、その変更後のルールに拘束力を与えるためには、契約内容として取り込む、すなわち、全利用者の同意が必要となる。
ここで、行政側の定める規則との関係、すなわち、寄宿舎を設置している自治体は寄宿舎に関する規則を置いている場合が多いところ、この規則に定められた事項が拘束力を持つかどうかが問題となる。
参考に島根県立高等学校規程を見てみると、以下のような条項が存在する。
第45条 県立高等学校に必要に応じて寄宿舎を設けるものとする。
2 寄宿舎の収容定員、入舎、退舎、舎費、その他管理運営に関する事項は、あらかじめ寄宿舎舎則承認申請書(様式第27号)により教育委員会の承認を得て、校長がこれを定める。
3 寄宿舎には、舎監を置くものとする。
4 舎監は校長の監督を受け、寄宿舎の管理運営並びに舎生の生活指導にあたる。
※全文はこちらから検索可
つまり、①校長が県に管理運営に関する事項の案を教育委員会に申請する、②教育委員会が承認する、③校長により管理運営に関する事項が定められる。、④校長の監督下で、舎監が管理運営と生活指導を行う、というプロセスが想定されている。
こういった規則の内容は、当然に当事者に拘束力を持つとは言えない。当事者が上記のような管理運営事項に従うということを合意内容として契約していると見ることができれば拘束力を持つ可能性がある。
これについて、国立大学の学生寮に関し、公の営造物の利用規則は附合契約として在寮契約に伴うという見解もあるが(田中舘照橘「国公立大学学生の学生寮利用の法的関係(二)」(1976))、民法548条の2に新設された定型約款についても当事者が内容を認識していることを法的拘束力が生じる根拠にしていることに鑑みると、当事者が認識していない事項が在寮契約に取り込まれて法的拘束力を生じることはないと言うべきである。
※田中舘論文はこちらから
https://meiji.repo.nii.ac.jp/record/448/files/horitsuronso_48_3_85.pdf
もしこのような管理運営に関する条項を利用者に適用するのであれば、入寮する際に開示しておく必要があろう。
また、一般的な建物賃貸借では寮内での生活ルール、例えば何時に就寝・起床する等の規定はないことから、そのような生活に関する事項のどこまでを在寮契約の内容として定めることができるのかについては議論が必要である。そもそも、寮内でどう日常生活を送るかというような事項については、賃貸借契約の本質とはあまり関係のない事項であるため、契約内容に含ませること自体に問題が生じうる。後述するように、子どもの学習権、健康な生活を営む権利との関係で、入寮する高校生に過大な負担を与えるものについては公序良俗違反となるのではないかと思われる。例えば「深夜や早朝に勉強したい」という生徒に対して照明を使うことを禁ずることは学習権の侵害になりうるし、「疲れているから今日は寝たい」と思っている生徒に自習を強制することはできないだろう。
(6)設置者・教員・舎監らの責任について
公立高校の教員や寄宿舎の舎監については、利用者である高校生との間で安全配慮義務が課されているため、法的拘束力のないルールを適用して子どもの心身の健康を害するような行為を行った場合は、民事上の責任を負うことになる。
熊本県の県立高校の運営する寄宿舎内での生徒同士のいじめに関し、舎監であった教員の安全配慮義務違反を認めた裁判例(福岡高判令和2年7月14日)があるが、この裁判例で言及されている舎監の義務については、他の公立高校でも寮の設置に関するルールはさほど変わらないと思われるため、参考になる(太字は筆者による)。
福岡高判令和2年7月14日
ア 本件寮の環境と舎監等の職務上の義務について
・・・本件寮は,被控訴人が県下全域から本件高校に進学する生徒の寄宿舎として設置したものであること,寮生には,自宅からの距離や経済的な事情のために入寮を必要とされる者もいること,寮生は,日常生活の多くの時間を本件寮で過ごすこと,本件寮の運営に必要な費用は,公費のほか,生徒が平等に納める寮費によって賄われていることなどからすると,本件寮の運営は,公立学校の付属機関であることによる教育的な配慮をしつつ,寮生に過大な又は合理的な理由もなく不平等な負担をさせたり,一部の寮生が他の寮生の生活を支配したりすることのないように行われるべきである・・・
・・・また,本件寮は,公立高校に付設されて,公費と寮生の納める寮費によって運営され,自宅が遠隔地にある等の理由で自宅や下宿からの通学が困難な生徒のために設けられているのであり,寮生は日常生活のほとんどを寮で送り,保護者は寮生の様子を日常的に観察することが困難なのであるから,本件寮の開設者としては,寮生に対する安全配慮義務の一環として,本件寮が一般に安全で適正に運営されるように努めるだけでなく,個々の寮生を見守り,寮生間のいじめなど特定の寮生が寮生活を継続することを困難とするような深刻な事態が生じた場合には,その保護者がその寮生に寮生活を継続させるかどうかの意思決定を適切に行うことができるように,それに関する情報を的確に保護者に伝えるべき義務があるというべきである・・・
※判決の全文はこちら
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/651/089651_hanrei.pdf
2 寮内のルールメイキングについて
(1)子どもの権利条約との関連性
現状、公立高校の寄宿舎が定めている生活上のルールについては、どこが主体として定めているかは分からない。地方公共団体が運営管理事項として定めている可能性はある。他方で、生活上のルールについては、成人であればどう時間を過ごすかについては自分で決める、あるいは家族でルールを決めるのが普通であり、外部から干渉されることは想定しづらい。監護者(保護者)と同居する未成年については監護者が決めることも多いと思われるが、これに関しては国際人権法、特に子どもの権利という観点からも問題を整理する必要がある。
1994年に日本は子どもの権利条約を批准しているため、同条約に地方公共団体は従う義務があるし、特に公立高校に関して従う義務があるのは当然である。そして、同条約12条では子どもの意見表明権を定めている。
第12条
1 締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において、児童の意見は、その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする。
2 このため、児童は、特に、自己に影響を及ぼすあらゆる司法上及び行政上の手続において、国内法の手続規則に合致する方法により直接に又は代理人若しくは適当な団体を通じて聴取される機会を与えられる。
すなわち、自らに影響を及ぼすルールについて子どもに意見表明権があることが定められていることからすると、行政の運営管理する寄宿舎での生活上の規則に関しては意見を聴取する機会が与えられなければならない。行政側が一方的に規則を定めることは国際法上違反である。このような手続上の瑕疵は規則の適法性に影響を及ぼすし、これに反した規則に基づいて生徒に不利益な取り扱いをするような場合は国家賠償法上違法となりうるし、刑法上も強要罪(刑法223条)に反することもありうる。
これに関して、学校の校則については法的根拠がなく、子どもと保護者の参画していない校則については法的拘束力を有しないことと並行して考えることが可能である(日本弁護士連合会子どもの権利委員会「子どもの権利ガイドブック」p80(第2版,2017))。法的拘束力のない規則は、単に運営する側の希望を列挙したものとしか法的には評価できない。
地方公共団体のリーガルマネージメントという視点からも、寄宿舎での生活については生徒が参画した上でのルールメイキングが必要不可欠であろう。
(2)未成年者の法定代理人による契約と成人年齢について
生徒も18歳になれば成人することになるが、基本的に法定代理人が契約した入寮契約については有効に成立しているため、新たに契約を締結する必要はない。もっとも、18歳の誕生日を迎え成人となった生徒が、自分の居住する施設について意見を表明する余地がないとすれば自己決定権を侵害するもので問題があることは、未成年者の場合と同様である。