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第六章 恩返しはどこへ行く?_005

05.脳内環境を組み立ててみると


この学生を教育する上でのコミュニケーションは、
極めて困難を極めました。 

なぜなら一般的に通用しそうな話の内容でさえも、
易々と理解を得ることが難しかったからです。

このため例え話を使って、
より詳細に説明を加えてみようと試みると、
かえってそのことが仇となって
取り越し苦労に終わることがしばしばありました。

10代半ばそこそこの学生に対し、
なぜ私の話の内容をこれほどまでに理解をしないのか?
は、まったくの謎でした。

長い学生生活を支えた家庭教師の体験値や、
歯科医としての患者とのコミュニケーションスキルは
全く通用しないことに愕然としてしまったのです。

なぜ同じ母国同士の人間なのに、
これほどまでに分かりあうことができないのか?を考えるうちに、
何日も眠れない日々が何度も続き、
バーンアウト(燃え尽き症候群)しかけそうにもなりました。

このような模索の中、一つの発想が湧いてきました。

赤ちゃんの時から遡(さかのぼ)り、
この子の人生をほぼゼロの状態から一つずつ組み立ててみれば、
理解への糸口を見出せるかも知れない
と、夢みてみたのです。

さっそく乳児院で世話をした専門家からの聞き取りをおこない、
この子どもの気質や親子関係、さらに周辺環境などを調べて回りました。

また、いくつかの施設を点々とした経歴によって、
さまざまな大人の目を通した膨大なデータが積み上がってきました。

このことより、成長発育に現れた行動パターンから、
その時々に生じたであろう脳内環境をブロックを積み上げるように、
一人の人物像を作り上げてみたのです。

この作業は、極めてストレスフルな作業となりました。

なぜか?と申せば、
私の体の中にまったく別人間を構築するプロセスだったのです。

ようやくこれらから得た一つの筋書きを、
この子にプレゼンテーションをしてみました。
すると、このような答えが返ってきたのです。


歯科医がよく私を理解できたわね。
深海の光も届かない海底にいる私は、
あなたの光を見出すことができた
」と述べたのです。

これを皮切りに、この子は周りが驚くほどに猛勉強を開始しました

そしてこのように付け加えたのです。

もう余計な無駄話をしなくても良い」と。(?)

この過程を通して、
私がなぜこの子を理解できなかったのか?が、
ようやく見える化したのです。

私はこの子の体験値に類似した脳内環境を、
私の過去値の中から一つも検索することができなかったからです。

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