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【脳直】妄想上の女の子③

幼馴染の女の子


おれ『(カタカタカタカタポチ)ほいっ送信』

おれ『おほ、レス早いですね〜。追撃なり〜追撃なり〜』

おれ『ふぅ、この感じじゃすぐにこの掲示板も埋まるな…さて飯でも食いますか。今晩は奮発してツナ缶の油かけごはんですよ、と。卵と醤油も付けますよ、と』


おれは○ちゃんねると呼ばれる匿名掲示板の愛好者だ。
現在大学3年。高校時代の成績は優秀な方だったが所詮は自称進学校、一流大学の壁は無責任に焚き付けは教師陣の想像より遥かに厚く、見事に砕け散ったおれは地元の大学に進んだ。そもそも内向的な性格の自分には都会に出るなど考えられなかったのだが。
親の期待も、もうおれには注がれていない。おかげで、実家暮らしではあるものの気ままなネット生活を過ごしている。


(着信音♫)

おれ『こんな時間にLINE?誰ですかな。もしかして可愛い女の子からですかな!?』

と言ってはみたがおれのメール相手なんてたかがしれてる。予想通り幼馴染女からだ。

女LINE『環境学のノートを明日持ってくるように。忘れたら殺す。以上』

おれLINE『かしこまりました』


女の子とのLINEに慣れている感じがもしかしたらリア充に見えたかもしれないがそれは勘違いだ。
女は2軒となりに住むいわゆる幼馴染みで、おれは時折この女の召使いとしての任務を請け負う。依頼への返信は1分以内というのが至上命令だ。
幼い頃は近所に近い年頃の子供がいなかったこともあり一緒に登下校したりもしたが、中学に上がったころからは任務以外の接点はほとんどない。向こうは明朗快活スポーツ万能なのだから当たり前だ。成績が中の上であることが少しもったいないが、逆に接し易いとの評価を得ているようだ。ネット住人のおれなんかと一緒にいる必要はこれっぽっちもない。
ないはずなのだが、なぜか大学まで同じ校舎で過ごす日々が続いてしまった。そして、こうして課題などが近づくとおれにミッションを課してくるのだ。


おれ『環境学のノート〜♪忘れたら殺される〜♪』

随分と召使いがサマになってきた。

おれ『なんで〜♪こんな関係に〜♪なってしまったのぉ〜♪』

昔は一緒に風呂に入ったりもした。下校時には手を繋いだりも…

おれ『好きだった〜♪好きだった〜♪でもいまは〜♪』

向こうは忘れているだろうが、おれのファーストキスは女だ。小学生時代のある夜のことだった。

『おれは召使い〜♪あのコのことを影ながら支えて〜♪生きていくのさ〜♪』

高校の最初の夏休みに作った歌。
召使い歴がかれこれ4年経たったようだ。歌い終わるころにはノートは見つかっていた。これで明日殺されずに済む。

おれ『好きだ〜♪とか聞かれたらそれこそ殺されるだろうから、歌詞変えなきゃな…』




(翌日)

おれ『女、頼まれたノート、持ってきた』

女『おー、サンキュー!やっぱり頼りになるね〜!んじゃ!』

頼りになるね〜と言われて真に受けるような自分じゃない。

おれ『んじゃ』

大学の講義室は広い。おれのノートを受け取ると女の感心はすでにおれから離れ、遠くの席で仲良しグループとランチのメニューがあーだこーだと言っている。おれはといえば、1人で講義を受ける、いつもならそうなのだが、何故だか今日は気分が乗らず講義前に退室した。

(授業終了のチャイム)

結局、裏庭で90分過ごした。
なにをするでもなく昔の思い出など考えていた。

(着信音♫)

女LINE『ノートサンキュー!お礼にお昼ごはんでも奢ってやろーかと思ったけど、いないから無しね!』

おれLINE『…』

返信1分以内が至上命令だが、それを実行せずにLINEを閉じた。既読スルーなど初めてかもしれない。ミッションではないから問題はないだろうが、返信する気になれないのは初めてだった。
講義室での女グループの会話中、最近女といい感じの男子がいるという話が出てたことが関係してるとは思いたくない。なぜならおれは召使い。影ながら支えて〜♪が使命だ。女が誰とどうなろうが関係ない。はずだ。




(帰宅後)

おれ『(カタカタ…カタ…)はぁ、なんか今日は捗らねぇな』

おれ『たまには散歩でもするか。お?夜空でも見上げますか?ロマンチストですなwww』

ひとりごとがいつもよりデカい。まるで寂しさを紛らわしているかのようだ。

(着信音♫)

おれ『ダウンのジャケット〜♪着てかなきゃ殺される〜♪』

(着信音♫)

おれ『なんで〜♪こんな関係に〜♪なってしまったの〜♪』

なんでって、そりゃあ冬だからね。着なきゃ寒くて死ぬからね。

(着信音♫)

おれ『好きだった〜♪好きだった…ん?電話?てか別にダウンが好きなわけじゃねぇけど。早いとこ歌詞変えないと…』

(着信音♫)

おれ『げ、女から電話!なんだ?なんかしくじったか?やべ!LINE返してねぇ…』

おれ『出なきゃまずい…よな。』

おれ『もしもし?』

女『おっそ!出るのおっそ!なにあんた、あたしを待たせるなんていい度胸じゃない!』

おれ『おう、わりぃ。ちょっと…(歌ってたとは言えねぇ)着替えてたわ』

女『え!なになに〜!どっか出かけるのー?』

おれ『(なんでテンション高ぇんだ)ちょっと夜空を…いや、散歩に』

女『ぷ!あははは!夜空がなに!?眺めるの!?相変わらず暗いね〜はははっ』

おれ『おれの勝手だろ。で、なに?』

女『うふふふー。あたしも、いこっかなー』

おれ『は?』

女『ひとりじゃ寂しいだろうから一緒に行ってあげるって言ってんのー!』

おれ『別に、寂しくは…』

女『うるさい!あんたに逆らう権利はない!いい?10分したらウチの前集合よ?わかった?』

おれ『(召使いモード、始動…)か、かしこまりました』

女『じゃ、そうゆうことだから!(通話終了音)』

おれ『…』

(10分後)

おれ『ぴったり10分後とか、おれマジで召使いが板についてきたな』

(さらに5分後)

おれ『あれ?時計ズレてた?』

(さらに10分後)

女『おっまたー☆』

おれ『おま、何分待たせんだよ』

女『はぁ?なに?きっかり10分後に来たわけ?あんたね、女の子の10分はね、20分とか30分なの!これでも充分早くあたしは出てきたの!逆に感謝してほしいわね!』

おれ『(なに言ってんだこいつ…いかん、召使いモード再始動)おっしゃる通りです、お嬢様』

女『わかればいいのよっ!わかれば!で?どこいく?』

おれ『だから散歩にって言って…』

女『じゃあ、あそこいこっ!裏山の原っぱ!星、見えるぢゃん?』

おれ『おぉ。ま、どこでもいいけど』

女『あんた、相変わらずモテないでしょー?女の子の提案にどこでもいいとか、ありえない返事だわー』

おれ『別にモテるとかモテないとか、いまは関係ないだろ』

女『はいはい。さ!いこーいこー!』

おれ『…』

裏山の原っぱ。
陳腐な言葉で表現するならば、2人の思い出の場所。昔は裏山に自然と集まり、時間を忘れて遊んでいた。あるとき、迷い込んだ仔犬を追いかけて偶然見つけたのがこの原っぱだ。すっかり日も暮れ、両親がおれたちを探していたのも知らず、2人で星を眺めていた。初めてキスをしたのも、そのときのこの原っぱだった。まぁ、こいつはそんなこと覚えちゃいないだろう。

女『久しぶりにここ来たー!』

おれ『そうだな、おれも久しぶりだ』

女『ねぇ…なんか、あった?』

おれ『はぁ?な、なんもねぇよ?』

女『そうかなー。あんたがあたしのLINE無視するなんて、珍しいと思うんだけどなー』

おれ『…』

こいつはたまに、ほんとにたまにだけど、おれを気遣う。前回は2年前、大学に落ちたときだ。心底行きたいと思っていた大学だったとは言わないが、正直落ちたのはこたえた。そんなおれにこいつは、同じ学校に行けるだけありがたいと思えなどという、よくわからない励ましの言葉を投げつけた。だが、翌日のおれは気持ちが楽になっていた。

おれ『そうか?いえ、お嬢様にお気遣い頂けるなんて嬉しい限りでございます。ですが、わたくしなんぞに悩みごとなどごさいませんゆえ、どうか、お気になさらぬよう』

召使い歴4年を舐めるな。しかもこちとらネット情報や執事系エロゲのやりすぎで仕草やセリフなどほぼ完璧に再現できる。昼間聞こえた会話が気になっている素振りなど微塵も見せる気はない。

女『…そっか。なら、いーや!』

おれ『…はい』

女『…』

おれ『…』

女・おれ『ねぇ?』・『なぁ?』

女『なによ?』

おれ『お前こそ』

女『…』

おれ『…』

女『…実はね、あたしこないだ、告白されたんだ』

おれ『…(おれが聞こうとしてたことだ。召使いとはいえ、正直、聞いて楽になりたかった…)』

女『でね、どう答えるか迷ってて…』

おれ『…』

女『その告白してくれたひとっていうのがね、その、なに?あんたと違ってカッコよくてね、実家は東京で、お父さんが実業家らしくて…もう、すっごいんだから!』

おれ『(召使いモード)…左様でございますか』

女『や〜っぱりモテる女は違うっていうか、世間様がほっとかないっていうか…』

おれ『(召使いモード)はい、お嬢様ほどの女性であればきっと殿方もさぞお鼻が高いかと…』

女『だからね、ふたつ返事でOKしようかと思ってたんだけど…』

おれ『(召使いモー…)…』

女『…』

おれ『(召使いモ…実行不能)…』

女『ねぇ?』

おれ『(自害モード起動)いや、すげぇ、いい話じゃねぇか!お前は昔っからモテるし、なんで彼氏がいないのか不思議なくらいだ!大学っていう楽しい時間をステキな男と過ごせたら、お前の人生、より輝くんじゃねぇか?な?悩むことじゃ…ねぇ…だろ』

女『…ほんとに、そう思ってる?』

おれ『…あ、あたりまえだろ!(自害完了)』

女『……そっか…』

おれ『…』

女『ねぇ?覚えてる?』

おれ『??』

女『この場所を初めて見つけたときのこと』

おれ『…あぁ』

女『全部?』

おれ『……あぁ』

女『じゃああのときの約束も覚えてる?』

おれ『……どんな…約束…?』

女『覚えてないじゃん…』

おれ『いや、覚えて…(もちろん覚えてる。でも、おれに言う資格がある、か?)』

女『もう、いい!』

おれ『ちょ、ちょっと待てよ!(言う資格なんて、ないだろ)』

女『なによ!もう忘れたんでしょ!じゃあ関係ないじゃない!』

おれ『ち、ちが…(いや資格じゃない、勇気が…)』

女『なによっ!』

おれ『…あーもぅ!なんだよ!なにが言いたいんだよ!(最悪、おれ逆ギレしてる)』

女『……』

おれ『……』

女『……って……じゃない』

おれ『あ?』

女『あた…って…言ったじゃない』

おれ『なんだって?』

女『責任取ってあたしをお嫁さんにしてくれるって、言ったじゃない!!』

おれ『お前…』

女『あんたが覚えてないんじゃ意味ないっ!ばっかみたい!あたしばっかり覚えてて!いつになってもなんにも言ってくれないで、それでもずっと待ってたなんて、あたし、バカみたいじゃん…!』

おれ『…わ、わりぃ(勇気が、出なかったんだ…)』

女『謝られたって、もう知らない!あたしはあのひとと付き合う!もうあんたのことなんか…大っキライ!あたしのファーストキス、返してよっ!!!』

おれ『…(こいつ、キスのことちゃんと覚えて…)』

女『キライ!キライ!…キラ…い。キ…キラ……い…』

おれ『ガシっ(女を抱き締める)』

女『(ジタバタ)キライ!キライ!離して!大っキラ…』

おれ『(暴走モード突入)おれは…好きだ!!ずっとお前のことが好きだった!!お前が誰かと付き合うなんて、考えただけで死にたくなる!あの約束、忘れるわけなんかないだろ!ふざけんな!』

女『キラ…い……キラ…キラいになんて、なれないよぉ〜バカ〜!バカ〜』

おれ『あぁ、ほんと、バカだったな。ごめん。』

女『バカ!バカ!』

おれ『ごめん、ごめん…』

女『あ、あたしを、お嫁さん、してくれる?(グスッ)』

おれ『…お任せくださいませ、お嬢様(新・照れ隠しモード)』

女『はは、、なによ、それwこの場面で召使い?w』

おれ『お気に召しませんか?お嬢様(よし、泣き止んだか?)』

女『もう、ばっかみたい』

おれ『(やっとらしくなった)じゃあ帰る、か?』

女『…なんか、忘れてなーい?』

おれ『いや、何も?』

女『あのときみたいに〜』

おれ『…お安い御用です、お嬢様(照れ隠しモード再起動)』



そして、おれたちは10年ぶりにキスをした。

おれ『よし、これで帰れるな?』

女(ふるふると首をふる)

おれ『まだ、なにか?』

女『……ぇ』

おれ『え?なに?』

女『…手〜ぇ』

おれ『……もう離しませんよ、お嬢様(照れ隠しモード…使わずに話せる気がしない…)』

そこには、いつかの下校時よりも背の高くなった2人が、いつかの下校時よりも強く手を繋ぐ姿があった。



あれから変わったことがある。
自身が手掛けた楽曲(?)の歌詞だ。影ながら支えて〜♪から、日向のように支えて〜♪になった。ようやく表舞台に立てたのだ。自分でもクサいと思うが、好きだった〜♪は変えなくて済みそうだ。

2人で手を繋いで〜♪に変わる日も遠くない。と思う。召使いであることに、変わりはない。

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