夫婦旅:vol.4 最高のであい
ずいぶん時が経ってしまった。
気付けば、三重旅行から2ヶ月も経っている。
流石に鮮度は落ちた所ではない、熟成レベルを超えている。
締め切りがないのをいいことに、いつも先延ばしにしてしまうのだけれど、ちゃんと最後までやりきろうと思う。
どうかこの旅の最後、よろしければお付き合いください。
これまでの話はこちら。
vol.1 遠くの海へ
vol.2 初めての出合い
vol.3 守られた祈り
***
せんぐう館を後にした私達は、次なる目的地へと向かう。
バス停にやってきたのは、長いバスだった。
バスはみんな長いじゃないかと思われるだろうが、そうじゃない。本当に長い。前と後ろの車両があって、お腹に当たる部分が蛇腹のやつで繋がっている。電車で言うところの2両編成だ。
この電車みたいなバスで向かうのは、外宮よりも少し山の中にある内宮。長いバスの後ろ側、曲がり角でヒヤヒヤしながらも、気づいたら眠りに落ちていた。
ふと目が覚めると、周囲の景色が大きく変わっていた。
外宮よりも賑やかな参道の近くで、バスが止まる。空気は完全に山だ。
平日にもかかわらず、多くの観光客がごった返しているが、そんなことでは驚きもしないとばかりに、雄大な自然は、大きな懐で私たちを迎え入れてくれた。
最初の鳥居をくぐった先には、宇治橋が掛かり、緑鮮やかな参道が続く。外宮もかなりの広さだったが、内宮は山ひとつ分、今見えている景色、全てが神様のようだと感じた。これまで大きな神社にはいくつか行ったことがあるが、その比ではない。広さというか、オーラが違う。
宇治橋はまるで日常と神の世界を繋ぐかのようで、一歩進むたびに自ずと体が清められるようだった。宮沢賢治の『注文の多い料理店』では知らず知らずのうちに、自分たちがおいしいご馳走となる下拵えをされていくけれど、ここでも鳥居をくぐり、宇治橋を渡り、参道を歩くと、自然と神様に会う準備が整っているような気がした。
しばらく砂利道を歩くと、道の脇に開けた場所があった。そこは五十鈴川にそって石畳が敷かれ、御手洗場と呼ばれているらしい。
五十鈴川は、「御裳濯川(みもすそがわ)」とも呼ばれ、倭姫命が御裳のすそを濯いだことから、そう名付けられたと言われている。ここでは実際に手水舎と同じように手を洗い、お清めができる。暑い日差しが照っていたけれど、川の水は冷たかった。
いったい、これまでどれほど多くの人々がここに訪れ、この川に触れたのだろうか。久々に触れた自然の川が心地よくて、飽きてしまった夫の存在も忘れ、しばらく水の音に浸っていた。
***
御手洗場からさらに奥へ進み、ようやく人々の足が止まった。
緑に覆われていた空がそこだけぽっかり空いて、青空が見える。
正宮に差し込む光は煌びやかだった。
階段を登り、柵に覆われた社殿に向かい、手を合わせる。
神様にご挨拶する時は、まず自分がどこから来た誰なのか名乗るのが礼儀だ。それらを念じつつ、改めて遠くへ来たものだと思った。今でこそ交通の便はよくなったが、移動距離で考えたら、なかなかの距離だ。私に限らず、全国各地、いや世界各地から訪れる参拝客。皆んなの出発地と伊勢神宮を繋ぐ糸を合わせたら、地球何周できるだろうか。
今この場で一緒に手を合わせている人たちと、今後会う確率は非常に低い。それでも同じ時、同じ場所で祈りを捧げたことに、何かしらの縁を感じずにはいられない。
「また、この地にご縁がありますように」
ゆっくり一礼して、一段降りた。
***
神の領域から、人間界に戻ってきた。
腹ごしらえをしよう。目指すはご当地名物・伊勢うどんだ。
朝のビュッフェで誰かさんは先に食べていたけれど、やはりここで食べるうどんは特別だ。賑やかな参道をあるいていくと、参道メシ(と勝手に呼んでいる)がまとまったエリアを見つけた。
細い路地が迷路のようにつながり、角を曲がる度に店にぶつかる。その迷路の途中に「豚捨」という店があった。以前名古屋で働いていた友達とお伊勢参りをした際、ここのメンチカツが美味しいと教えてもらった。ぜひ夫にも食べさせたいと思い、うどんの前に寄り道をする。
運良く人が少ないタイミングだったの、すぐにお目当てをゲットできた。近くのベンチに移動して、さっくさくのあっつあつにかぶりつく。ふわ〜んと美味しさが広がって、肉の旨みがやってくる。あ〜これこれと思う間に、あっという間に消えてしまった。
ふと下をみると、鳩が「おこぼれはないかね?」とばかりに近寄ってくる。「一粒残さずきれいに食べちゃったよ」「あらそうなの?」と言ったか言わないか、踵を返して去っていった。伊勢の鳩、美味しいもの食べてるなぁ。
さぁ、昼飯はまだこれから。
やっぱりうどんが食べたいなぁ。
迷路の真ん中には少し店がまとまった箇所があり、その中心にあるうどん屋が非常に賑わっていた。最初は混んでるなぁと通り過ぎたが、チラチラ様子を見ていると並んではいるが、かなり回転がいいらしい。
テーブル席以外に畳が敷かれただけの台もあって、そこに腰掛けて、お盆にのせた丼からうどんを啜る人もいた。その様子はさながら、江戸時代の参拝客のようで、一瞬町娘や商人など、当時の町の人々の姿のようにも見えた。
よし、このうどん屋さんにしよう。
注文をして、番号札を持って席で待つ。その間もひっきりなしに客が入れ替わり、お盆を持った配膳係がパタパタと動いている。店に壁はなく吹き抜けで、外との境はない。9月の中旬、まだ汗をかく暑さだが、屋根の下にいれば、涼やかだった。
そうこうしているうちにうどんが到着。
いただきます。
うどんを箸で持ち上げて、ずるるとすする。モチモチ柔らかめのうどんに濃い味の甘めタレが絡んでくる。いつも食べているうどんとは全く別物だ。そして、汗をかいた体に濃い味が美味い。
結構量が多いから、食べ切れなかったら夫にあげようかななんて思ったけれど、結局一人で平らげてしまった。さぁ、この店の回転を止めてはならない。「ごちそうさまでした!」と店を出た。
再び迷路を歩くと、今度は「松阪牛」の旗の前で夫が止まった。どうしても食べたい、という。私はすでに腹がパンパンだったけれど、あまりにいい匂いなので、一口だけもらうことにした。
串刺しの松阪牛。
さすが天下の国産牛だけあって、格が違う。ちょっと掲げて、日に光に当ててみたほうがいいんじゃない?とか思っている間に、横で夫がかぶりつき、「うま〜!」の顔をしている。多分この夫婦、そんないい舌は持ち合わせていないのだけど、とっても美味しいお肉ということはよくわかった。
迷路から大きな通りに戻ると、賑わいはさらに増していた。腹は120%、「もう入らないな」なんて考えていたところで出会ってしまった、本日のピークに。
地ビール角を飲みながら飲食ができる伊勢角屋麦酒のお店。
表の旗には、かきフライがババンと出ている。
なんてこったい。
入らずにいられないじゃないか。
気付けば吸い込まれるように店の中へ。
夫はお酒が飲めないので美味しいサイダーを、私は麦芽ジュースをいただく。お供はもちろん揚げたてのカキフライ。
旅の最後にこんな幸せが舞い降りるとは……
カキフライがあがるのを待ちきれず、ぐびっと一口。
くぅぅ〜美味いぃ〜〜〜〜〜〜!!!!
ややあってかきフライ到着。
思えば、ここ伊勢は牡蠣の名産地でもある(前夜に食べてるやん、とこれを書きながら思ったがこの時は忘れていた)。伊勢うどんばかり気にしていたけれど、想定外に嬉しい出合いだ。
店先には「ご自由に」のタルタル、ソース、レモンがある。
どれも満遍なく味わいたいが、まずはレモンで一口!
あぁ〜これこれ!間違いない。ジュワッとかきジュースも溢れでる。
お次はタルタル。
わぁぁこれも好き。やっぱりタルタル最高!
ビールも止まらん!!!
うどんも、肉もたらふく食べた。
実はここにくる前、豆腐アイスも食べている。それでもペロリといってしまった。美味しいものは別腹だ。名残惜しく最後のビールを飲み干して、店を出た。
そろそろ帰りの時間も考えないとね、なんて話ながら一軒のお茶屋さんに立ち寄った。私たちはよく緑茶飲むので、出先でお茶屋さんがあるとつい寄りたくなってしまう。
今回立ち寄ったところは、昔ながらのお茶屋さんの雰囲気だが、ラインナップが私たちの住む地域とは異なる。それぞれのお茶の特徴を聞いていると、夫が「これすごいよ」と私を呼ぶ。てんこ盛りの茶葉が積まれたショーケースの前で、「500gで1000円だって!」と興奮している。確かになかなか良心的なお値段だ。荷物にはなるが、旅のテンションのままに茶葉を購入した。
参道の端に着く頃、日も傾いてきて、旅の終わりを感じる。
海の仲間たちにであい
美味しいめぐみにであい
伊勢で神とであった
たくさんの「であい」に溢れたこの旅。
また私たちの宝物が一つ増えた。
次はどこに出かけようか。
これからも、夫婦揃って一緒に旅できますように。
【END】