手を当てる たったそれだけで
こんばんは🍁
秋の天気はころころ変わりますね。
皆さん、いかがお過ごしでしょうか?
私はすっかり天気に振り回されておりまして…
本日はガチガチの体をほぐしに行ってきました。
いやぁ、人の手というのは、
なんと不思議なものでしょうか。
手を当てた時に感じる、じんわりとしたあったかさ。
なんともいえない優しい温もり。
おうちでストレッチしても、マッサージしても、
全くほぐれなかったこの身体が。
いてて…のサインに気づいていたところも。
手を当てられて初めて疲れに気づいたところも。
どこもかしこも、もみもみもみ。
おてての魔法でするりと重さが消えてゆきました。
そういえば。
小川糸さんの描くお話には、
「手当て」にふれた会話が出てきます。
とある島の助産院。
主人公はなんやかんやあって、助産院を手伝うことに。
でも、なんの医療知識もありません。
できることは簡単な身の回りのお世話だけ。
妊婦さんの大事な場面に遭遇しても、できることはありません。
そんな主人公に対して、院長である女性が話したこと。
それが「手当て」の大切さでした。
”人は手を当てるだけで、痛みを和らげることができる”
”特別なことができなくても、手を当てることはできる”
専門的な医療行為ではなく、ただ手を当てる。
それだけでいいと院長はいうのです。
思えば、私たちも自然とやっていますね。
具合が悪くて苦しい時。
ケガをしてい痛い時。
悲しいことがあって辛い時。
逃げ出したいほど苦しい時。
周りの誰かがそうであれば、背中や頭にポンとふれ。
自分がそうであれば、自然と手が痛む場所に。
私たちを最初に労ってくれる。
それが手という存在なのかもしれません。
実は、私は胃がよくキリキリなきます。
そんな時は自分の手をそっと当てます。
そうするとまるでカイロをあてたように。
じんわり、じんわりあたたかくなっていくのです。
何か薬を飲んだり、医学的根拠のある対処をしたり。
そうしたことも大事です。
でも手を当てる、ただそれだけで。
不思議とざわついた心も落ち着いてくるのです。
皆さんは、「手当て」していますか?
誰かのためにだけでなく、自分のためにも。
手を当てる、ただそれだけ。
騙されたと思って試してみてください。
きっと不思議なあったかさを感じます。
私の手当ても、皆さんに届きますように。
では、今夜も良い夢を。
少しでも痛みが癒えますように。