君みたいな子が、なんだかんだ普通の会社員になるんだよ
その日は朝から武蔵野線が人身事故で信じられないほど遅れた。
高校2年、人生の「生きがい」なんてあまり考えていなかった。ただ早朝に登校し、授業開始ギリギリまでバスケをすることが、今思えば私の生きがいだったのかもしれない。
約2時間遅れの遅延証明書という免罪符を手に入れながらも、授業にはちょうど間に合う時間に高校の最寄りについた。改札を出てまっすぐ駅近くのモスバーガーに向かう。
「スパイシーモスチーズのセットで、ポテトとジンジャエールを」
高校生のクソガキでも金さえ払えば、いいサービスを受けられる。未だに不思議なことだと思う。なんの罪悪感もなく、バーガーを貪る。モスバーガーのスパイシーモスチーズは、食べるのが極めて難解だ。信じられないほど、包み紙に具が残る。
結果、1時間遅れで学校へ行く。電車遅延で遅刻をしたときは、最初に事務室に寄らなければならない。今思えば、事務のスタッフは毎日朝イチで登校する私を知っているので、なにもかもお見通しだったんだろう。遅延証明書を受け取りながらふと、
「ところで、進路とか決まってるの?」
視線は遅延証に落としたまま。別に真剣なトーンではない。ただ、なんとなくで聞かれているわけでもない。そんな感じだ。
「あ、いや、特には… 強いていえば、スーツ着たくないです」
17歳によるただただ正直な答えだった。質問してきた人間がスーツ姿なことに気づいたのは少しあとだった。
「君みたいな子が、なんだかんだ普通の会社員になるんだよ」
ちょっとした、反撃だったのかもしれない。しかしこの言葉を聞いた途端、これは呪いだ。と直感した。バーナムの森がいずれ動くのだと、そう感じた。
あの日から6年、高校も卒業し、大学も卒業し、普通の会社員2年目、平日の火曜日深夜にコインランドリーのいちばん角っちょの椅子に座っている。
なんで今日、思い出したんだろう。
そういえば、「将来の夢」を聞かれてまともに答えられたことがない。小学生の頃、保護者の前で学年の生徒ひとりひとりが将来の夢を発表するという地獄のようなイベントがあった。
「料理人になって世界を飛び回りたいです」
人生で一番大きい声で言った嘘。
なんで今日、思い出したんだろう。
別に自分の現状に対して、ダメだとか思うわけでもない。ただ、何故かあの言葉は、私の中で数年に一度反復される。
「君みたいな子が、なんだかんだ普通の会社員になるんだよ」
「料理人になって世界を飛び回りたいです」
ふらふらとコインランドリーまで歩いてきたが、雨が降ってきて完全に閉じ込められてしまった。いつから雨が降っているんだろう。いつになったら終わるんだろう。