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「宮廷女官チャングムの誓い」がより面白くなる、かもしれない雑学ありマス

※注:ネタバレもありマス


「大長今(宮廷女官チャングムの誓い)」とは

「大長今(邦題:宮廷女官チャングムの誓い)」とは、2003年から2004年にわたって韓国MBCで放送されたTVドラマです。

本国で最大57.8%、平均でも45%を越える高視聴率を記録したほか、日本や中国などのアジア圏のみならず中東やアフリカ〜ヨーロッパでも放送され、大変な人気を博した、韓流時代劇の金字塔とも言える作品です。(日本でいうところの「おしん」といえば分かりやすいですね)

ドラマでは主人公の長今(チャングム)が多くの苦難を乗り越えて御医(王の主治医)に昇りつめるまでが描かれます。そこだけ聞くとよくあるサクセスストーリーに思えますが、「食」と「医」という人類において普遍的なテーマを取り扱ったことが、脚本の秀逸さとあいまって世界的なヒットに繋がった理由だと言われています。

ちなみに長今(チャングム)は朝鮮王朝11代目の王である中宗の時代に実在した人物ですが、彼女については「朝鮮王朝実録」にほんのわずかな記録があるのみで、医女として王の主治医を務めたこと以外、その生涯は全くわかっていません。

そのため「甲子士禍」や「中宗反正」「倭寇襲来」などの歴史トピックスを除きストーリーは100%フィクションですが、私にとって馴染みの薄かった朝鮮半島の歴史や文化に興味を持たせ、そして韓流の沼(笑)にハマらせるには十分過ぎる大変面白いドラマでした。

…と、この記事を書いてる最中に驚きのニュースが!

「大長今」の続編については、実は10年前にも一度話があったものの、イ・ヨンエさんが出演NG(理由は不明)で頓挫した経緯があるんですが、これは今度こそ実現しそうですね。

監督を誰が務めるのか、恋人〜夫役のチ・ジニさんや水刺間(スラッカン)時代のライバルだったクミョン役のホン・リナさんの出演はあるのか、テレビか配信か、ニュースリリース以上の情報はまだ何も発表になってませんが、楽しみに待ちたいと思います。

2/7 追記:「医女チャングム」はどうやら「大長今」の続編ではないようです。。

さて今回はそんな今なお高い人気を誇る「大長今」が、より面白くなるかもしれない雑学をいくつか紹介したいと思います。

「大長今」にはなぜ唐辛子を使った料理が登場しないの?

韓国料理にかかせないスパイス、唐辛子は中南米が原産地。
紀元前7,000年~8,000年ごろにはペルーやメキシコなどで栽培されていたそうです。

唐辛子はその独特の風味と気候への適応力が高かったことから、コロンブスがヨーロッパに持ち帰ってからわずか100年の間に世界中に伝搬しました。現在は世界各地でなんと3,000を超える品種が栽培されています。

日本には15世紀(戦国時代)に伝わったと言われており、そのルートには加藤清正が朝鮮半島から持ち帰った、ポルトガル船によってもたらされた、など諸説あります。

朝鮮半島への伝来ルートについても同様にいくつか説がありますが、16世紀末~17世紀初め、豊臣秀吉による文禄・慶長の役の際に持ち込まれたという説が有力なようです。(朝鮮語で唐辛子を意味する「고추(コチュ)」という呼称が一般化する前は「倭椒=日本から来た椒(スパイス)」と呼ばれていたこともあるそうです)

そして朝鮮で唐辛子が普及するのはその少し後の17世紀末〜18世紀ごろ。
そのため大長今が仕えた中宗の時代(16世紀)に唐辛子を使った料理が存在しないのは当然のことなのです。

ちなみに「キムチ」は唐辛子が伝来してくる以前からあり、野菜の塩漬けに山椒などの香辛料を加えたものが古くから食べられていましたが、キムチ作りに唐辛子が本格的に使われるようになり、現在私たちがイメージする製法になったのは19世紀になってからです。

余談ですが唐辛子の他、アメリカ大陸原産で大航海時代に広まった作物としては、トマト、とうもろこし、カカオ、ジャガイモなど、私たちの食卓に大変身近なものが多いんですね。

何でも見つかる「いらすとや」重宝してます。

※当記事はコロンブスがアメリカ大陸で行ったことを肯定するものではありません。

参考サイト:
唐辛子の歴史と日本に伝わった経緯(唐辛子専門店 ハクタカ)
唐辛子はどこから来た?(BRUTUS)
もしコロンブスがいなかったら?|清水純一(ノートルダム清心女子大学)
https://www.ndsu.ac.jp/blog/article/index.php?c=blog_view&pk=15695552560011&category=&category2=
※リダイレクトされて記事に直接リンクできないため、URLで記載しています。

朝鮮王朝時代の肉食について

「大長今」だけでなく、朝鮮時代のドラマではよく肉料理が登場します。

儒教(儒学)思想を国是としていた李氏朝鮮では肉食は禁忌とはされず、牛や豚、鶏、雉などが食べられていました。

といっても王族や両班などの支配階級はさておき、庶民はやはり野菜(山菜)や魚介類、穀物が中心の食生活だったようです。

「大長今」より。

上の画像は水刺間の最高尚宮(チェゴサングン:高位の女官)が王様に出すための豚の味噌漬けを調理しているシーン。
網を使って肉を直火で焼く調理法(ノビアニ)は朝鮮の正式な宮廷料理として資料にも記載されているそうです。

焼肉以外にも、スープや蒸し肉、煮込みなど様々な肉料理が考案され発展していきました。

一方、日本では仏教が広く浸透し、江戸から明治初期までの長い間、獣肉食はタブーとなっていました。
が、それは一応建前で、兎を「鳥」とみな して食べていた話は有名ですし(獣はダメでも鳥はOKだから)、獣肉も名目上「薬」にして将軍自らが食べたりもしていました。 また、馬肉を「さくら」、猪肉を「ぼたん」「山鯨(やまくじら)」、鹿肉を「紅葉(もみじ)」などと言うのは、もともとそれら の肉をこっそり食べるための隠語だったそうです。
何やかんや言うてみんな美味しいお肉が食べたかったんですね。

歌川広重『名所江戸百景』に描かれた猪肉店の看板(パブリック・ドメイン)

参考サイト:
焼肉文化と韓国の肉食の歴史・焼肉の起源(韓国農水産食品流通公社)
日本人の肉食事情(米食文化研究所)

水刺間(スラッカン)は男ばかり?

「大長今」など朝鮮時代の宮廷ドラマを見たことがある人なら「水刺間(スラッカン)」といえば大勢の女官たちが働いている厨房、というイメージをお持ちでしょう。しかし実際は朝鮮時代の最末期を除き、「水刺間」で働いていたのはほとんどが男性で、料理を作っていたのも主に「숙수(熟手:スクス)」と呼ばれる男性料理人だったそうです。

↓家で楽しむ韓国文化シリーズ~5分韓国歴史「水剌間」(韓国文化財財団)

↓歴史作家パク・グァンイルさん解説:朝鮮王朝のシェフ「熟手(スクス)」

日本語字幕なしでも何となく分かりますよね。「ナムジャ」は男性のことです。
動画にも出てきますが、ドラマの中にチャングムの養父カン トックが自らを「熟手」と称するシーンがありますね。

チャングムのよき理解者、トックおじさん

水道やガスなどのインフラはもちろん、冷蔵庫もガスコンロもない時代です。大人数分の料理を準備するのは大変な重労働だったことと、女性には重要な仕事をさせないという儒教思想が理由だったようです。

江戸時代の日本でも、将軍を初め江戸城内に居住する全ての人の食事は男性料理人が調理をしていたそうです。
千人以上の食事を準備するのはそれはもう大変な仕事だったでしょうね。

参考サイト:
実は気苦労だらけだった「御台所」の食卓

大長今(宮廷女官チャングムの誓い)にまつわる雑学、いかがでした?

これを読んで韓流時代劇を見た時に、また違った面白さを発見してもらえたら嬉しいです。

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