ヒーローじゃない プロローグ
──次のニュースです。北米で大量発生した鳥型魔獣による被害は甚大で、今もなお現地の住人は魔獣への恐怖に苦しんでいます。
──大統領の要請を受け、当国では精鋭部隊を結成。現地に向けて本日出発する見込みです。
フライパンの中で鳴るじゅうじゅうというベーコンが焼かれていく音の隙間から、テレビのニュースが流れてくる。
いつも通りの日常、いつも通りの内容。科学や文明がどんなに発達していても、人間の[それ]に対する恐怖が失われることはない。自分たちが暮らしている地がどんなに安全に見えていても、突然足元からがらりと嫌な音を立てて崩れていく。それが現実であり、揺るぎない真実だ。
こんがりと焼けたベーコンを皿に盛り、あらかじめ作っておいたスクランブルエッグを上からかける。サラダもスープも用意はしてあるので、あとはトースターに突っ込んでいるパンが焼ければ完成だ。
窓の外は明るい。田舎の朝は夏場でも涼しく、ほんの少し窓を開けているだけでも薄着では寒いくらいだった。しかし、あと一時間もすればすぐに暑くなってしまうので今更何かを羽織るのも億劫に思う。
手持ち無沙汰にカーテンの向こう側を眺めていると、テレビの画面がニュースキャスターから空港の風景に切り替わる。どうやら遠征に出かける様子を生中継しているようだ。
何十台ものカメラのフラッシュが閃く中で、十数人の男女が颯爽とターミナルを歩いていく。ある者は凛々しい顔で、ある者は笑顔で、様々な顔をしている彼らは、しかし共通して輝いて見えた。フラッシュに照らされている、という物理的な意味ではなく、選ばれた彼らには相応に与えられている光なのだろう。
テレビの向こう側に映る景色に、感じるものはもう何もない。神経を逆撫でされることに疲れたのかもしれないし、本当に諦めがついたのかもしれない。どちらが正しいのか、それともどれも正しくないのか、それすらもう分からないし知ろうとも思わなかった。
その時、かしゃん、と小気味良い音を立ててトーストが焼き上がる。飛び出てきたそれを回収する為、皿を持ってキッチンへと戻った。
テレビのスイッチは、その時に消した。
──真夏のある朝。約三ヶ月前の話である。
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