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6.23「慰霊の日」に考えを巡らせる_240623
2024.06.23.Sun.
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本番1週間前。来週の稽古はほとんど参加できないのと、そもそもスタッフさんと合わせることが主目的なので、実質今日が最終稽古。
とにかく役者に考えてもらう時間は終わり。
ある程度は見切りをつけて、科白のカットも書き換えも、あるいは動き方まで、
言葉を尽くし、細かいことをお伝えしてきました。
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6月23日は沖縄の「慰霊の日」
最終稽古をした今日は、沖縄県の「慰霊の日」。日本で唯一地上戦が行われた沖縄。
この日を「慰霊の日」としているのにはいろんな意見があるけれど、とりあえず「慰霊の日」と制定されているのは今日。
心の中で黙祷しつつ、帰宅後にいろいろ記事を漁っていた。
選択するということ
今年の玉城知事の「平和宣言」の中にこんな文章がある。
国連ピース・メッセンジャーであり、自然保護や人道問題へ取り組む世界的な環境活動家でもあるジェーン・グドールさんは、「私たちの行動は、毎日必ず何かしらの影響を世界に与えています。どんな行動を取るかが“違い”を生み、どのような“違い”を生み出したいのかを決めなければなりません」と語っています。
さらにこう続く。
一人ひとりの思いや行動は、たとえ微力でも、確実に世の中を変えていく力があると、勇気を与えてくれる言葉です。
いつだったかに書いた夢の話を思い出す。
タイトルが「可哀想の人」だから、この間のコラムやラジオでも、あらすじでも、みなさんに当日お渡しするパンフレットでも、「可哀想」という言葉についてこすってきた。
誰かを「可哀想」と思うことについて、いろんな言葉を尽くしてきた。
だけど、今あらためてチラシに書かれたあらすじを読み返してみると、こんな言葉があることに気づく(書いたのは手前)。
人生はその時々の選択次第で変わって行くから不思議だ。
ここに描きたいものがあるのかもしれない。
変わっていくものとは、ここでは自分の人生を指しているけれど、そこにはいつだって〈だれか〉が必ず関わっている。そしてその〈だれか〉の人生には〈別のだれか〉が関わっていて、そうやって社会はできている。
選択次第で人生が変わっていく。
それは、自分の身をどこに置くか、ということだと思う。
だけど同時に、自分の身の回りをどうするか=自分のいる世界・社会とどう関わるか、ということにもつながるのではないだろうか。
今回は、〈紗理奈〉という女性の人生の選択と、彼女が関わる〈団地コミュニティ〉のお話。
他者と関わること、社会と関わることを考えると、ひとたび考え始めると、なんだか壮大な気もするし、ちょっと怖い。
でもそのことは、自分の人生とも繋がっていて、目の前の道を選択しないと毎日が次に進まないのだ。
今こそ、私たち一人ひとりに求められるのは、不条理な現状を諦めるのではなく、微力でも声をあげ、立ち上がる勇気、そして、行動することです。
言葉にすると仰々しいけど、そんな大げさなことではなくて、
きっと今よりちょっと気持ちよく、よりよく生活するためにはどうしたらいいかな?を考えるだけのこと。
疲れた日に甘いものを買って帰るとか、
駅まで歩いてみるとか、
スーパーに行く時にマイバックを持って出かけるとか、
ゴミを分別して捨てるとか、
選挙にいくとか、
電車で席を譲るとか、
きっと全部同じ。
だけど、それでも僕らは目の前の選択にイジイジ迷って、訳わかんなくなる時もあって
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