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12人の怒れる男

「え、マダムより年上なんすか」
「うん。そんな変わんないけど」
「マダム若ぇ…いや、二人とも違う意味で若いっすねぇ」

無礼な若者、柳井君は無粋に尋ねる。

「じゃあ、一個聞きたいんすけど、年取った方が楽しめる映画とかあります?」
「色々失礼じゃない?」
「じゃあ、ワインみたいに熟成させた方が旨味が出る映画とかないっすかね」

失礼なのは変わっていない。しかし指摘するのも飽きた。

「ヴェニスに死す」
「何でっすか」
「年取ったから。何で?」
「いや~、気になってたんです。何か楽しめない映画ってあるじゃないっすか。面白いんだろうけど、イマイチその面白さが伝わらない映画。ああいうのって俺が人生経験無いからつまんないだけなのかなって。ほら、自然に興味ない人がネイチャー映画観てもつまんないでしょ」

それは一理あるかも知れない。

「逆に年齢を重ねたからこそ楽しめない映画もあるかもね」
「例えばどんなっすか?」
「思いつかないけど」
「まあ、パッケージされた映画が劣化するってことはないっすからねぇ」

確かに映画は不変だ。私は閃いた。

「社会の価値観が変わった時とか。肌の色で人を揶揄したり、同性愛を嘲笑ったり、男尊女卑の色が激しい映画とかは、今観ても不快なだけかも」
「でも、それが当時の時代を正確に切り取った映画だったとしてもそうっすか?」
「それを肯定的に描いてないならいいんじゃない?アンチテーゼの機能を持ってたら」
「でも価値観は流動的じゃないっすか。今は許せない価値観も、百年後には崇め奉られるものになってるかもしれないっすよ」

柳井君は軽薄な性格だが、時に鋭い意見を言う。

「でも…私達は選ぶことが出来るでしょ。現代に即した正しいと思える価値観を」
「しかし選んだ結果、差別心を助長する場合もあるでしょ。それに自分は選んだつもりでも、その実それは選ばされたものかもしれないし」
「それはそうかもだけど…それは別に映画に限ったことじゃないでしょ」

作業を呆けて喋る私たちに店長が声をかけた。

「ちょっと意見していい?」
「あ、どうぞっす」
「先ず第一に『映画そのものに悪意は無い』作り手にあったとしてもね。第二に『善悪の観念で何かを排除してはならない』これは映画に限ったことじゃないけど…あくまで俺の意見。第三に『俺達がどう思おうとそれは自由。ただそれを後世に残すという作業だけは辞めてはならない』第四に…これ、一番大事な事ね」
「はいっす」
「『仕事をサボらないこと』ビッグブラザーは君たちを見ている」

私達二人は散り散りに作業に戻った。店長の言ったことを漠然と考えながら。確かに映画には今見ると反吐が出る描写も時にはある。でも、だからってその映画を添削する権利は私達には無い。暴力賛歌の映画があったとしても、私達はそれを無かったことにしてはいけないのだ。大切なのは私達一人一人がリテラシーを持ち、啓蒙し合い、止揚し合っていくことなんじゃないか…。

生まれてはじめて映画の善悪について考えた。夜勤後、店長と柳井君と三人で『12人の怒れる男』を観た。大事なことは、考える事を辞めない事だ。議論することを諦めないことだ。そんな考え方も映画から学んだのだから…私たちはやはり、映画をこれからも見続けるだろう。善悪の概念は置き去りに残し続けるのだ。それが、今を生きる映画好きの使命なのかもしれない…まるで映画の使徒だ。そんな人生も悪くないと思った。

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