オンライン研修について思うこと
月刊『日本歯科評論』では歯科界のオピニオンリーダーに時評をご執筆いただく「HYORON FORUM」というコーナーを設け,コラムを掲載しています. 本記事では3月号に掲載した「オンライン研修について思うこと」を全文公開いたします(編集部)
河津 寛
河津歯科医院/明海大学歯学部生涯研修部 部長
コロナ禍で広まるデジタル化・オンライン化
コロナ禍を契機として,デジタル技術が社会のさまざまな分野に広がり,自宅から職場のパソコンにアクセスして仕事をするリモートワークや,Zoomなどのオンラインサービスを用いることにより,直接集まらなくても会議や打ち合わせも簡単にできるようになりました.
学校での授業や講義もオンラインで実施されるようになり,折しも文部科学省が提唱して2021年4月から始まったGIGAスクール構想とあいまって,教育現場でのICTの普及も進みつつあります.
デジタル化の流れは歯科界も例外ではなく,歯科大学・歯学部の講義はオンラインで行われ,臨床現場には多くのデジタル機器が取り入れられています.各学会や民間の研修機関,歯科企業のセミナーもオンラインが導入され,盛んに行われるようになりました.いまや「Webinar」がスタンダードと言っても過言ではありません.
筆者は大学の生涯研修活動に携わっていますが,その立場から,オンラインによる研修に感じることについて私見を述べてみたいと思います.
オンラインによる講義や研修
筆者が携わっている明海大学歯学部生涯研修部は1999年に設立され,これまでの21年間(2020年3月末現在)に延べ15,107人が受講し,すべての研修が対面で行われていました.
2020年3月から2021年3月末まで,コロナ禍の影響で研修活動は一部を除いて中止になり,2021年度から基礎的な臨床部門の研修をオンライン(ライブとオンデマンドのハイブリッド)で行っています.
オンラインなどデジタル技術による「教育のICT化」の分野では近年,「EdTech(エドテック)」という言葉が注目されています.
EdTechとは,Education(教育)とTechnology(テクノロジー)を組み合わせた造語で,学習スタイルや教材にデジタル技術を活用することであり,コロナ禍以前から世界中の教育機関に導入されつつあります.
「オンライン授業こそグローバル化,サイバー化時代の理想的学習環境」であるとの意見*1もあります.
オンラインによる講演や研修の利点として,次のものが挙げられています*2.
・自宅で学習できる.
・自分のペースで学習できる.
・通学時間を学習に有効活用できる.
・復習が何度でもできる.
一方,欠点として以下が挙げられています*2.
・課題(小テストやレポートなど)が多い.
・目や耳,肩など身体的な疲れをより感じる.
・友達と一緒に学べず孤立感を感じる.
明海大学歯学部生涯研修部のオンライン講義でも,約85%の受講生が満足している,との結果が得られており,オンラインでも一定の教育効果は上がっているようです.特に「いつでも,どこからでも」受講が可能で,特に地方の受講者は移動や宿泊の必要がなくなったことは,大きな利点です.
オンラインの講義では伝わらないもの
以上のように,オンラインにより情報を容易に,そして効果的に発信することができるようになりましたが,生涯研修の使命は単に情報を提供するだけではなく,歯科医師として必要な知識と技術,医療人としての人格を継続的に養い,向上させることにあります.
受講生が歯科医療を学ぶ向上心を持ち続けるためには,自分の生涯の目標となるメンターを見つけ,良き仲間と巡り合って互いに切磋琢磨し,共に勉強していく環境の中に自分を置くことが必要であり,われわれの仕事はそのような環境を提供することだと考えています.
特に,講師の歯科医療に対する想いや熱意は,ディスプレイを通してはなかなか感じることはできないと思います.対面での講義や研修でそのような講師の熱意や想いを五感で感じることが,メンターとの出会い,目標となる歯科医師像の構築につながります*3.
筆者自身,保母須弥也先生やHenry Takei先生との出会いがなかったら,現在の自分はないと思います.そして,同じ目標をもつ仲間を持つことは,生涯にわたる研修・学びを継続するためのモチベーションとなります.
また,歯科医療は手技が中心という特性があることから,対面で実際に講師の手技を見ながら身に付けてもらいたいことが多々あり,明海大学歯学部生涯研修においても,きめ細かな指導が必要な実習を伴う研修は,感染対策を十分に施したうえ,対面で行っています.
さらに,歯科臨床において正しい治療法は1つだけとは限らず,同じような症例でも術者によって対応が異なることが多いものです.研修会や勉強会の場に参加し,対面でお互いの考えを披露して議論することが,自分にはない視点を獲得し,臨床に対する視点を深めることになります.
決してオンラインによる講義や研修を否定しているのではなく,上手に使い分けをしていく必要があると思います.
参考文献
*1 大前研一:「オンライン授業 VS 対面授業」について 現役大学生調査BBT大学の調査結果とオンライン授業の可能性について.㈱ビジネス・ブレークスルーのリリース,2021年8月11日から.
*2 早稲田大学:オンライン授業に関する調査結果,2020年度春学期より抜粋.
*3 千本倖生:あなたは人生をどう歩むか 日本を変えた起業家からの「メッセージ」.中央公論新社,東京,2018.
*4 デビッド J. ロビンソン,池田輝政:オンライン教育は大学の未来か?.名古屋高等教育研究,第2号,147-159,2002.
*5 山極寿一:京都大学長 山極寿一氏に聞くオンライン授業の功罪.日本経済新聞,2020年9月28日付.
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