ラグジュアリーホテル「アマン東京」にみる、日本の比率“白銀比”
”ビジネスに使えるデザインの話“マガジン
デザインやアートの話を書いていますが、なかでもビジネスにも関わるものは、このマガジンに含めています。手っ取り早くビジネスにも使えるデザインの話は、こちらのマガジンから読むことができます。
アマン東京
東京にあるラグジュアリーホテルのなかでも宿泊費がトップレベルに高い「アマン東京」。大手町にあり、ラウンジの吹き抜けは圧巻です。パークハイアット東京のラウンジによりは明るいものの、ラウンジはほの暗く、オープン当初、雑誌では「陰翳礼讃」というタイトルが付けられて、紹介されていました。『陰翳礼讃』は、谷崎潤一郎のエッセイのタイトルにもあり、よく読んでいます。
アマン
アマンリゾーツは、スイスに本社を置く多国籍ホスピタリティ企業、アマングループSarlの商社。1988年にインドネシアのホテル経営者Adrian Zecha(エイドリアン・ゼッカ)氏によって設立され、世界20カ国で34の施設を運営しています。アマンリゾーツの最高経営責任者、会長、オーナーはウラジスラフ・ドローニン(Vladislav Doronin)氏。
日本には、アマン東京の他、アマン京都、アマネム(伊勢志摩)が現在あり、2023年には、北海道ニセコにアマンニセコがオープン予定です。
アマン東京 (2014年開業)
アマネム(伊勢志摩)(2016年開業)
アマン京都(2019年開業)
アマン ニセコ(2023年開業予定)
アマンの施設を設計した建築家には、ダニロ・カペリーニ、エド・タトル、ジャン=ミシェル・ガシー、ジョン・ヒア、マルワン・アル=サイード、リック・ジョイ、ウェンデル・バーネット、ケリー・ヒルなどがいます。ニセコを除く、日本のアマンは、すべてケリー・ヒル氏が設計しています。
ケリー・ヒル
ケリー・ヒル氏は、2018年に故郷のオーストラリア、パースで75歳で死去されています。ヒル氏のホテルデザインに対する哲学は、ローカリティを追求し、土地の文化を理解し、周辺の環境に寄り添い、風土に溶け込む空間をつくりあげることでした。
ケリー・ヒル氏が理解した日本の美学とは?
アマン東京のなかの意匠(デザイン)に頻繁に使われているのが、2対1または1対1という比率です。これ、日本の建築における基本的に比率であり、かつ日本の美学に通じる比率でもあります。上の写真は、アマン東京のラウンジにあるバーです。使われている照明は1対1の正方形の比率。この正方形というのが、日本の美学の根底にある比率なんです。
ちなみに畳は、1対2ですが、これは正方形を2つ繋げた比率でもあります。茶室は、正当な形と広さは、四畳半です。(※2)これまた正方形です。
正方形は白銀比のベース
まず白銀比の話から。白銀比とは、1対1.414の比率です。言い換えると1対√2。正方形の一辺と対角線の比率です。
この白銀比という比率は、わたしたちには馴染みがあり、コピー用紙などで使っているA4用紙、あの紙の比率がそのまま、この白銀比です。この比率の成り立ちから、白銀比は正方形から生まれていることがわかると思います。白銀比は、法隆寺や五重塔のみならず、ドラえもんの全身の比率にも使われています。
さて、この比率がなぜ、日本の美学に通じるのでしょうか。それは、日本の建築の材料が木材であることに由来しています。
「もったいない」という思想と正方形
日本には、モノを大切にする「もったいない」という思想があります。日本建築は基本、木材を材料にしていますが、丸い木材から最大限の面積で木材を取ろうとすると、「円に内接する正方形」になります。このあたりの証明は、数学の話になってきますので端折ります。
木材を大切にしようとする思想が、木材から最大限の面積で角材を取り出す比率が生まれました。日本の大工さんが使う道具に曲尺(かねじゃく)というものがあります。
この曲尺を使うと自動的に√2が出てきます。この白銀比という比率は、こうして日本の美学に根底にある比率になり、平安京、畳、法隆寺はたまたドラえもんやキティーちゃん(もなんです)の比率に使われるようになりました。
俳句にもある白銀比
日本の定型詩である俳句(正岡子規が明治時代に生んだもの。俳諧から発句(俳句)を独立させた)は、五・七・五(十七音)の音で構成されています。この比率も白銀比です。図にするとわかりやすくなります。
白銀比が意味するもの「静」
西洋における美の比率は、ご存知黄金比です。黄金比は、フィボナッチ数列や黄金比の螺旋から「動的」なものとして捉えられています。どこまでも発展していくという思想がそこから生まれ、または逆に発展していこうとする思想が黄金比を生んだか合致しました。そんな黄金比ラブな西洋においては正方形はあまり好まれるものではありませんでした。なぜなら、正方形は収まりが良すぎるからです。動かないんですよね、正方形は。ここに動的な西洋美学と静的な日本美学の対比を観ることができます。
アマン東京と白銀比
ケリー・ヒル氏は、アマン東京を設計するにあたり、日本美学を研究し、この比率をアマン東京の設計にふんだんに取れ入れました。西洋と異なる日本の美学が源泉がどこにあるのかを理解したうえで、それをデザインに反映しています。多くの顧客は、そんなことには気づきませんが、ヒル氏の研究と創造が、アマン東京のなかに、そこはかとなく日本美学の気配を漂わせています。これは、思想を具現化するこたできるデザインというものひとつの好例と言えるのではないでしょうか。
参照
※2:岡倉 覚三 (著)『茶の本』