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「映画フォント」Trajanという書体

ビジネスに使えるデザインの話

ビジネスにデザインの知識はけっこう使えます。苦手な人も多いから1つ知るだけでもその分アドバンテージになることもあります。noteは毎日午前7時に更新しています


映画に使われまくる書体

以前、『映画に書体“Futura”ばっかり使われる理由』という記事を書きました。

この記事で、その理由を「人気が人気を作る」と説明しています。よく目にするものに対して人は、好感と信頼を抱くように認知的にできています。逆に言えば、よく知らないものに懐疑的な態度を取る傾向を持っているということになります。見知らぬ土地に行けば警戒心を高め、見知らぬ人間を見たら怪しむ、これは生存していくためには必要な態度です(こういった生き抜くための工夫を「ヒューリスティクス」と言います。その一方でそれが不具合を起こすとき「認知バイアス」と呼びます。認知バイアスについては別アカウントのこちらで詳しく解説しています)。

Futuraという書体

この記事に、ひとつ補足をしたいと思います。Futura(フツラ)には「厳か(おごそか)」な気配があるんです。なぜかというとこの文字のプロポーションは古代ローマの碑文がベースになっているんです。

古代ローマの碑文。高いところに掲げられた碑文は見上げたとき、読みやすいように近い(下の)方の文字は小さく、遠い(上の)方の文字は大きくなっています。
画像引用:BLS

映画には、どんな種類のものがあるかというと、アクション、スリラー、コメディ、SF、歴史もの、ロマンスなど。そのうち、アクション、SF、歴史ものは、日常から逸脱した「壮大さ」のある物語である場合がほとんどです。「世界を救う」とか「世界を駆け巡りながら復讐する(大切な人を助ける)」などという構成になっています。これらの映画の世界観を伝えるのに、適しているのは「壮大さ」を伝える書体です。Futuraは、このローマの碑文から「昔っぽさ」と人間らしさを取り除き、厳かで客観的な視点で語る、語り部的な気配を持つ書体なわけです。

Futuraが使われた映画タイトルやポスターは膨大にあります。
Source: Font Meme

さて、このFutura(フツラ)という書体がローマの碑文から差し引いた「昔っぽさ(歴史がある気配)」や「人間味」を戻した書体とはどんな書体でしょうか。ばかな設問ですね。ローマの碑文そのものな書体という意味です。映画に「歴史」の気配が有用であるならば、ローマの碑文のような書体を使えば、そのニュアンスは伝えられます。そんな書体があるのか。あります。その名を「Trajan(トラジャン)」と言います。ローマ帝国の皇帝、トラヤヌスの記念柱にある碑文を元にデザインされた書体なので、この名前になっています。

イタリア、ローマにあるトラヤヌスの記念柱
NikonZ7II - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=117060258による

Trajanという書体

Specimen of Trajan typeface. October 2006
By GearedBull at English Wikipedia - Transferred from en.wikipedia to Commons., Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3863955

カテゴリー:セリフ体
デザイナー
キャロル・トゥオンブリー(Carol Twombly)、Robert Slimbach
ファウンダー:Adobe Type
リリース年:1989年

Trajan(トラジャン)は、1989年にキャロル・トゥオンブリー(Carol Twombly)がAdobeのためにデザインしたセリフ書体です。前述の通り、トラヤヌスの記念柱の基部にある碑文に使われているcapitalis monumentalis(ローマの角大文字)の字形を基にしてデザインされた書体でう。ローマ人は小文字を使わなかったため、Trajanはすべて大文字の書体です。

キャロル・トゥオンブリー(Carol Twombly)
source: Pinterest


Trajan(トラジャン)を使っている映画

16,000枚以上の映画ポスターを見てきたグラフィックデザイナーのYves Peters氏は、なんと400枚以上の映画ポスターにTrajanが使用されていることを発見しています(※1)。日本人は、日本語に翻訳されたり、日本市場向けに変えられたタイトルのほうを目にすることが多いため、Trajanだらけ!という実感は少ないかもしれませんが。歴史的な気配がある映画のみならず、Trajanが広く映画フォントとして認知されて以降は、ホラーやB級映画にも使われるようになっていきました。とりあえず、Trajanを使えば、「なんかちゃんとしたすごい映画」風になるようになってしまったのが、このインフレの原因のひとつです。

『アイ・アム・レジェンド』(I Am Legend)(2007年)
Titus (1999) 


The Human Centipede (2009)
source: IMDb
Message In A Bottle (1999)
source: Pinterest
Apollo 13
source: IMDb
The Pelican Brief (ペリカン文書) (1993)
source: Limited Runs

Trajanの栄枯盛衰

「人気が人気を作る」スパイラルに乗り、Trajan(トラジャン)という書体は、映画フォントと呼ばれるほど、映画のポスターやタイトルに使われるようになりました。そしてその結果、大したことない映画でも「すごく立派な映画」に見せるお手軽な方法として「Trajanを使えば、立派な映画っぽくなる」という手段が蔓延し、この書体は、B級映画によく使われるになり、インフレーションを起こし、大作の映画にはだんだん使われなくなるという結果になっていきました。そのため、最近では、見る機会が減ってきています。

まとめ

この映画におけるデザインの潮流を知らないでいると、Trajanを使うメリットとデメリットに気づかないままでいるかもしれません。日本語の印鑑などをベースにした淡古印(たんこいん)という書体が、漫画『ドラゴンボール』でニュアンスが大きく変化したように、書体は、認知されることによって、その意味するものが変質していきます。この辺のことは、「書体そのもののその使われ方」という知識がないとなかなか気づくのが難しいかもしれません。気になる書体があるときには、その使われ方を検索してみるのも、手っ取り早くて良いでしょう。


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参照

※1







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