知っておきたい アドリアン・フルティガー氏の書体×3(Univers, Frutiger, Avenir)
ビジネスに使えないデザインの話
ビジネスに役立つデザインの話をメインに紹介していますが、ときどき「これはそんなにビジネスには使えないだろうなぁ」というマニアックな話にも及びます。今回の話は、あまりビジネスには使えなさそうな話です。noteは、毎日午前7時に更新しています。
今回は、デザイナーじゃないければ、そこまで知らなくても良い話です。が、アドリアン・フルティガー氏のなまえはちょっと覚えておいたほうが良いかもです。そしてデザイナーなら必ず知っておきたい話になります。まずは、アドリアン・フルティガー氏について。
アドリアン・フルティガー
アドリアン・フルティガー氏(Adrian Johann Frutiger)(1928–2015)は、20世紀後半の書体デザインの大きな影響を与えた、スイスの書体デザイナーです。彼のキャリアは、活版印刷、写植、DTPの各時代をまたぎます。亡くなるまでベルンのブレンガルテンに住んでいました。
フルティガー氏の最も有名な書体は、今回紹介するUnivers、Frutiger、Avenirの3つのサンセリフ書体(日本で言う“ゴシック体”)。フルティガー氏は、サンセリフの制作をライフワークとして公言されていましたが、その理由のひとつを「セリフ書体と比較して設計が困難であること」と述べています(*1)。
生涯
フルーティガーは、ベルン州ウンターゼーンの機織り職人の息子として生まれました。少年時代、彼はスイスの学校で要求されていた筆記体の書式に否定的で、創作文字や様式化した筆跡の実験をしていました。父親と中学校の教師は、純粋芸術よりも徒弟制の道を進むことを勧めました。フルティガー氏は、当初はなんとパティシエになろうと考えていましたが、インターラーケンにある印刷所で見習いをすることになりました。
16歳の時、インターラーケンの印刷会社オットー・シュレフリに4年間、植字工(活版印刷において活字を組む職種)として弟子入りし、ベルンのゲヴェルベシューレでヴァルター・ツェルベの下で木版画とデッサンを学び、その後、チューリッヒのゲブル・フレンツで植字工として働きます。1949年(21歳)にチューリッヒ美術学校に転校し、1951年(23歳)までヴァルター・ケッヒ、カール・シュミット、アルフレッド・ウィリマンに師事しました。チューリッヒ芸術大学では、製図用具の代わりにペン先と筆を使うカリグラフィーに集中する一方、現代のグラフィックデザインで人気のサンセリフ体の影響を受けて、後に「Univers」となる作品のスケッチをこのころから始めていました。
1952年(25歳)にポーレット・フルキガーさんと結婚。しかしポーレットさんは、息子ステファンの誕生後、1954年に死去。 1955年(28歳)に神学者のシモーヌ・ビッケルと結婚。二人の娘に恵まれますが、いずれも思春期に精神疾患を患い、自殺しています。当時の精神医療の水準に失望したフルティガー氏は、妻とともにエイドリアン・エ・シモーヌ・フルティガー財団を設立し、心理学や神経科学の研究、精神医療支援の発展に資金を提供するようになりました。
インタビューの中で、フルティガー氏は自らをカルヴァン主義者であると述べています(*1)。
フルティガー氏は専門家としてのキャリアのほとんどをパリでの仕事とフランスでの生活で過ごし、後年スイスに戻りました。
それでは、フルティガー氏の代表作3つをそれぞれみていきましょう。
Univers (1957)
Univers(ユニバース)は、1957年(29歳)に発表したサンセリフ書体。Akzidenz-Grotesk(アクツィデンツ・グロテスク) など19世紀のドイツの書体をモデルとしたネオグロテスク・サンセリフとして分類されており、発表時から幅広いファミリーが用意されていることが特徴的な書体でした。
Universの当初のマーケティングでは、その範囲を強調するために意図的に周期表をまねた表記の仕方をしていました。
Universは、書体は一貫性のあるデザインでファミリー(太さなどのバリエーション)を形成すべきであるという考えを実現した最初の書体でした。Gill Sans(ギルサン)のようなサンセリフ書体のデザインは、ウェイト間の差が大きく、Franklin Gothic(フランクリン・ゴシック)のファミリーは逆に、ウェイト間の差が小さすぎました。Universは、スタイルとウェイトを一致させることで、すべてのテキストを一貫した書体で作成できるようにし、サンセリフ体による芸術的な文書作成も容易にしました。「スイス・スタイル(またはインターナショナル・タイポグラフィック・スタイル)」と呼ばれるタイポグラフィの実践者の間で、芸術的な過剰さを避ける芸術様式の姿勢と一致します。
Frutiger (1976)
Frutiger(フルティガー)氏の名を冠したこの書体は、ヒューマニズム的な(人間味のある)サンセリフ書体。遠くからでも小さな文字サイズでもはっきりと読めるよう、視認性が高くデザインされています。世界的に非常に人気のあるデザインで、タイプデザイナーのスティーブ・マテソンはその構造を小さな文字サイズでの「かなり多くの状況での読みやすさのための最良の選択」と評し、エリック・シュピーカーマンは「史上最高の一般書体」と評価しています。ちなみに日本のJRや京阪でもFrutigerは頻繁に使われているので、しらないあいだに身近な書体です。
Avenir (1988)
Avenir(アベニール)は、「未来」という意味のフランス語を名に冠したジオメトリック(幾何学的)なサンセリフです。1988年のリリース。ジオメトリックで「未来」という意味のなまえを持つサンセリフといえば、Futura(フツラ:1927年)が有名です。
実際、このAvenirは、FuturaやErbarといったジオメトリック系の書体にインスピレーションを得て開発された書体です。フルティガー氏にとってのジオメトリックを体現したのがこの書体。
Avenirについてはこちらでも詳しく書いています。
Avenirは、2007年に日本人の書体デザイナーである小林章氏とともに改訂版としてのAvenir Nextがリリースされています。時代に合わせた改定で、2012年以降、iOSとmacOSにAvenirとAvenir Nextの両方にシステムフォントとしてバンドルされるようになりました。
まとえ
日本人の書体デザイナー、小林章氏
ドイツのモノタイプ社につとめる日本人の書体デザイナー、小林章氏は、フルティガー氏とともに、Avenir Nextを制作されています。
小林章氏は、ドイツ在住ながら、日本企業の欧文の制作に大きく貢献されています。欧文の制作やルールの第一人者。日本にはその他に、嘉瑞工房の高岡昌生氏も日本の欧文組版に詳しい代表的な存在。
高岡氏の書籍。これは勉強になります!
まとめ
欧文書体のデザイナーの巨匠というと、このフルティガー氏のほかに、ヘルマン・ツァップ氏、マシュー・カーター氏、Sumner Stone氏、モーリス・フラー・ベントン氏をあげることができます。なかでも時代が近いことも手伝って、フルティガー氏とツァップ氏は二大巨頭のような存在です。そんな彼らの書体がどのようなものなのか、また本人がどのような人生を歩んだのか、グラフィックデザイナーなら知っておくと深みのある思索、考案が増えるのではないかと思います。
関連書籍
図説 サインとシンボル
ピクトグラムやシンボルについてのアドリアン・フルティガー氏が解説した書籍です。デザイナー向け。深い。学術書みたい。
Adrian Frutiger - Typefaces: Complete Works
英語ですが、アドリアン・フルティガー氏の仕事を網羅した書籍です。圧巻の内容。
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参照
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