《建築のデザイン》 “建築界のアカデミー賞” プリツカー賞の受賞者たち
『建築のデザイン』マガジン
デザインがメインのnoteですが、建築系は、こちらのマガジンにまとめていきます。
プリツカー建築賞
プリツカー建築賞(The Pritzker Architecture Prize)は、いくつかある建築業界の権威ある賞のうちのひとつで、「建築業界のノーベル賞」と喩えられるのですが、個人的には「アカデミー賞」みたいな華やかさとワクワクのある賞なので、そんなタイトルにしました。しかし世間的には、プリツカー賞は、ニューヨーク・タイムズで「建築家にとってこの賞は、科学者や作家たちにとってのノーベル賞のようなものだ」と書かれたことをきっかけに「建築業界のノーベル賞」と呼ばれています。あしからず。建築業界には、このプリツカー建築賞以外にも、RIBAゴールドメダル(イギリス)やAIAゴールドメダル(アメリカ)があります。
賞には必ず授与する側、つまり主体が存在しますが、プリツカー建築賞のそれは、ハイアット財団です。この財団は、名前の通り、アメリカ合衆国のホテルチェーンハイアット ホテルズ アンド リゾーツ(Hyatt Hotels and Resorts)のオーナーである、プリツカー一族が運営しています。
その始まりは、1979年。この年にアメリカ人実業家であり、ハイアットの事実上の創業者であるジェイ・プリツカー(Jay Pritzker)と妻のシンディ(Cindy)によって設立されました。
この賞は、「建築を通じて人類や環境に一貫した意義深い貢献をしてきた」存命の建築家を対象として授与されます。国籍・人種・思想・信条を問わず、原則として1年に1人表彰しています。副賞として10万ドルとブロンズのメダルが授与されます。メダルの意匠はルイス・サリヴァン(Louis Sullivan:アメリカの建築家)の作品を模したもので、ウィトルウィウス(Marcus Vitruvius Polli:共和政ローマ末期・帝政ローマ初期に活動した建築家)の言葉が刻まれています(1986年以前はヘンリー・ムーア(20世紀のイギリスを代表する芸術家・彫刻家)による彫像でした)。
受賞者を国籍別でみると、日本人8人、アメリカ8人(1名は二重国籍)、イギリス人4人、フランス3人と、なんと日本人の受賞が最多となっています。
今回は、設立してから2022年の現在まで受賞してきた建築家たちの名前と国籍と彼らの設計した建造物を紹介していきます。
1979年 フィリップ・ジョンソン(アメリカ合衆国)
フィリップ・ジョンソン(Philip Johnson, 1906年7月8日 - 2005年1月25日)は、アメリカのモダニズムを代表する建築家。『モダニズムってにゃに?』の記事でもちらっとフィリップ・ジョンソン氏については触れています。
1980年 ルイス・バラガン(メキシコ)
ルイス・ラミロ・バラガン・モルフィン(Luis Ramiro Barragan Morfin、1902−1988)は、メキシコ人の建築家・都市計画家。
1981年 ジェームズ・スターリング(イギリス)
ジェームズ・スターリング(Sir James Frazer Stirling, 1926–1992)
1982年 ケヴィン・ローチ(アメリカ合衆国)
ケヴィン・ローチ(Kevin Roche、1922-2019)
1983年 イオ・ミン・ペイ(アメリカ合衆国)
イオ・ミン・ペイ(Ieoh Ming Pei、1917-2019)は、アメリカ合衆国の中国系アメリカ人建築家。
1984年 リチャード・マイヤー(アメリカ合衆国)
リチャード・マイヤー(Richard Meier, 1934 - )は、アメリカ合衆国の建築家。ニュージャージー州ニューアーク生まれ。
1985年 ハンス・ホライン(オーストリア)
ハンス・ホライン(Hans Hollein, 1934 - 2014)は、現代オーストリアの代表的建築家の一人。ウィーン生まれ。
1986年 ゴットフリート・ベーム(ドイツ)
ゴットフリート・ベーム(Gottfried Böhm、1920 - 2021)は、ドイツの建築家。ヘッセン州オッフェンバッハ出身。アーヘン工科大学で教鞭を執っていました。
1987年 丹下健三(日本)
丹下 健三(たんげ けんぞう、1913 - 2005)は、日本の建築家、都市計画家。位階勲等は従三位勲一等瑞宝章、文化勲章受章。フランス政府よりレジオンドヌール勲章受章。カトリック信徒(洗礼名:ヨセフ)。
1988年 ゴードン・バンシャフト(アメリカ合衆国)
ゴードン・バンシャフト(Gordon Bunshaft, 1909 – 1990)はアメリカ合衆国の
築家。アメリカの大手建築設計事務所、スキッドモア・オーウィングズ・アンド・メリル (SOM) の一員として超高層ビルなど優れた建物を数多く手がけました。
1988年 オスカー・ニーマイヤー(アメリカ合衆国)
オスカー・リベイロ・デ・アルメイダ・ニーマイヤー・ソアーレス・フィーリョ(Oscar Ribeiro de Almeida Niemeyer Soares Filho, 1907-2012)は、ブラジル、リオデジャネイロ市生まれの建築家。
1989年 フランク・ゲーリー(アメリカ合衆国・カナダ)
フランク・オーウェン・ゲーリー(Frank Owen Gehry、1929ー) は、アメリカ合衆国のロサンゼルスを本拠地とする、カナダ・トロント出身の建築家。現在、コロンビア大学建築大学院教授。イェール大学でも教鞭を執っています。
1990年 アルド・ロッシ(イタリア)
アルド・ロッシ(Aldo Rossi, 1931 - 1997)は、イタリアの建築家。1980年代を中心に、建築理論・ドローイング・設計の三分野で国際的な評価を達成する非凡な業績を挙げています。
1991年 ロバート・ヴェンチューリ(イタリア)
ロバート・チャールズ・ヴェンチューリ・ジュニア(Robert Charles Venturi Jr. 1925 - 2018)は、アメリカ合衆国の建築家。ヴェンチューリ・スコット・ブラウン・アンド・アソシエイツ事務所の創立者であり、20世紀を代表する建築家のひとり。
ロバート・ヴェンチューリの関連記事
1992年 アルヴァロ・シザ(ポルトガル)
アルヴァロ・シザ・ヴィエイラ(Álvaro Joaquim de Melo Siza Vieira、1933 -)はポルトガルの建築家。ポルトガル随一の国際的建築家で、ポルトガル建築界を代表する存在。ポルトガル北部の大都市、ポルトを拠点としています。
1993年 槇文彦(日本)
槇 文彦(まき ふみひこ、1928年 - )は、日本の建築家。文化功労者。日本芸術院会員。
1994年 クリスチャン・ド・ポルザンパルク(フランス)
クリスチャン・ド・ポルザンパルク(ポールザンパール、ポルトザンパルク)(Christian de Portzamparc、1944年5月9日 - )は、仏領モロッコ・カサブランカ生まれのフランス人建築家。都市計画家。なお彼の妻エリザベート・ドゥ・ポルトザンパルク(ポールザンパール)も建築家。
1995年 安藤忠雄(日本)
安藤 忠雄(あんどう ただお、1941年( - )は、日本の建築家。コンクリート打ちっ放し建築を主に住宅や教会、ホテルなど国内外に数々の作品を発表。
1996年 ホセ・ラファエル・モネオ(スペイン)
ホセ・ラファエル・モネーオ・バリェス(José Rafael Moneo Vallés、1937 - )は、スペイン・ナバーラ県トゥデラ出身の建築家。1996年にプリツカー賞、2003年にRIBAゴールドメダルを受賞。
1997年 スヴェレ・フェーン(ノルウェー)
スヴェレ・フェーン(Sverre Fehn、1924 - 2009)はノルウェー・コングスベルグ出身の建築家。
1998年 レンゾ・ピアノ(イタリア)
レンゾ・ピアノ(Renzo Piano、1937 - )は、イタリアを代表する建築家。インテリアから公共建築まで幅広く手がけています。
1999年 ノーマン・フォスター(イギリス)
テムズバンクのフォスター男爵ノーマン・フォスター(Norman Foster、本名:Norman Robert Foster, Baron Foster of Thames Bank、1935年6月1日 - )は、イギリス、マンチェスター生まれの建築家、一代貴族。メリット勲章(Order of Merit)を受章しています。
2000年 レム・コールハース (オランダ)
レム・コールハース(Rem Koolhaas、1944年11月17日 - )は、オランダのロッテルダム生まれの建築家、都市計画家。ジャーナリストおよび脚本家としての活動の後、ロンドンにある英国建築協会付属建築専門大学(通称AAスクール)で学び建築家となりました(!)。コールハースは自分の建築設計事務所、OMA(Office for Metropolitan Architecture)とその研究機関であるAMOの所長を務めています。またハーバード大学大学院デザイン学部における“建築実践と都市デザイン”の教授でもあります。
2001年 ヘルツォーク&ド・ムーロン (スイス)
ヘルツォーク&ド・ムーロン(Herzog & de Meuron、略称HdM)は、スイスのバーゼル出身のジャック・ヘルツォーク(Jacques Herzog)とピエール・ド・ムーロン(Pierre de Meuron)の2人による建築家ユニット。この2人は、スイス連邦工科大学チューリヒ校で共に建築を学び、卒業後の1978年から共同の建築設計事務所を開いて共に働いています。
2002年 グレン・マーカット (オーストラリア)
グレン・マーカット(Glenn Murcutt、1936年 - )は、ロンドン生まれのオーストラリアの建築家。1992年にはフィンランドのアルヴァ・アアルト・メダルを、2009年にはAIAゴールドメダルを受賞しています。多数のスタッフを抱えるスター建築家ではなく、一人だけの事務所を構え、世界の巨大都市ではなく、地元オーストラリアを中心に建築を作ってきた建築家。自然の風や日光や水などの利用を考え、環境に配慮した建築が世界的に評価を集めています。
2003年 ヨーン・ウツソン (デンマーク)
ヨーン・ウツソン(Jorn Utzon, 1918 - 2008)は、デンマーク・コペンハーゲン出身の建築家。シドニー・オペラハウスの画期的なデザインで、高く評価されている建築家です。造船技師の息子として生まれ育つ。コペンハーゲンのロイヤル・アカデミーで学ぶ。スティーン・アイラー・ラスムッセンに師事。卒業後に、世界各地の伝統的な建築手法を学ぶ。1948年頃(30歳ごろ)、フェルナン・レジェとル・コルビュジエに出会う。同年、モロッコを旅行する。1949年には奨学金を得て、アメリカ、メキシコに出かけ、タリアセンイースト及びウエストでしばらく過ごす。この頃、ミース・ファン・デル・ローエと出会う。 帰国後は、自宅の設計を皮切りに、1956年にヘルシンゲル近傍に63戸のキンゴー住宅群を、1962年にはフレーデンスボルグ近傍の小さな住宅地など、住宅を設計したほか、建築設計競技にも多数参加した。1963年には、チューリッヒ新劇場の建築設計競技で1等を獲得。
デンマーク
2004年 ザハ・ハディッド (イギリス)
ザハ・ハディッド(Zaha Hadid、1950 - 2016)は、イラク・バグダード出身、イギリスを拠点に活躍した建築家。
2005年 トム・メイン(アメリカ合衆国)
トム・メイン(Thom Mayne、1944年1月19日 - ) は、アメリカ合衆国の建築家。建築設計事務所モーフォシス(Morphosis)主宰。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)教授。
2006年 パウロ・メンデス・ダ・ロシャ (ブラジル)
パウロ・メンデス・ダ・ロシャ(Paulo Mendes da Rocha、1928 - 2021)は、ブラジルの建築家。エスピリトサント州ヴィトーリア出身。2021年5月23日、サンパウロで死去。享年92歳没。
2007年 リチャード・ロジャース (イギリス)
リチャード・ロジャース(Richard George Rogers, 1933 - 2021)は、イギリスの建築家。リバーサイド男爵(Baron Rogers of Riverside)という一代貴族の位も持つ。彼の建築は、モダニズム建築の影響を受けた機能主義的なデザイン、およびハイテク志向の建築デザインで知られています。
2008年 ジャン・ヌーヴェル (フランス)
ジャン・ヌーヴェル(Jean Nouvel, 1945 - ) は、フランスの建築家。フランスのロット=エ=ガロンヌ県フュメル出身。1987年の『アラブ世界研究所』(パリ5区)設計が有名。ガラスによる建築を得意とし、『カルティエ現代美術財団』(パリ14区)のようにガラス面の光の反射や透過により建物の存在が消えてしまうような「透明な建築」や、多様な種類のガラスを使い独特の存在感を生み出す建築を多くデザインしています。
2009年 ピーター・ズントー (スイス)
ピーター・ズントー(Peter Zumthor, 1943 - )は、スイスの建築家。「ペーター・ツムトーア」のほうが母語のドイツ語の発音に近い。
2010年 妹島和世、西沢立衛 (日本)
妹島 和世(せじま かずよ、1956年10月29日 -)は、茨城県出身の日本の建築家。横浜国立大学大学院Y-GSA教授、ウィーン応用芸術大学教授、ミラノ工科大学教授、大阪芸術大学客員教授、日本女子大学客員教授を務める。日本建築学会賞、吉岡賞他多数受賞。SANAA(サナア、Sejima and Nishizawa and Associates)による日本の建築家ユニット。)を西沢立衛と共同で運営しています。
西沢 立衛(にしざわ りゅうえ、1966年 - )は、日本の建築家。横浜国立大学大学院Y-GSA教授。SANAA、西沢立衛建築設計事務所代表。日本建築学会賞作品賞3度、吉岡賞他多数受賞。建築家西沢大良は実兄。
2011年 エドゥアルド・ソウト・デ・モウラ (ポルトガル)
エドゥアルド・エリジオ・マシャド・ソウト・デ・モウラ(Eduardo Elísio Machado Souto de Moura、1952年7月25日 - )はポルトガルの建築家。ポルトガル北部の大都市ポルトで生まれ、ポルトを拠点としており、フェルナンド・ターヴォラやアルヴァロ・シザらポルトガルを代表する建築家らが教授を務めたポルト大学の建築学部で教授となっています。大理石や花崗岩やコンクリートなどで造られた壁で支えられた建築や、ミース・ファン・デル・ローエの影響を受けた水平の線を強調した建築などを主な特徴としています。2013年にウルフ賞芸術部門を受賞。
ミース・ファン・デル・ローエに関連した記事
2012年 王 澍 (中国)
王澍(おうじゅ、中国語: 王澍、 Wang Shu, ワン・シュウ、1963年ー)は、中華人民共和国の建築家。
2013年 伊東 豊雄 (日本)
伊東 豊雄(いとう とよお、1941年6月1日 - )は、日本の建築家。東京大学・東北大学・多摩美術大学・神戸芸術工科大学客員教授を歴任。高松宮殿下記念世界文化賞、RIBAゴールドメダル、UIAゴールドメダル、日本建築学会賞作品賞2度、グッドデザイン大賞、2013年度プリツカー賞など受賞歴多数。
2014年 坂 茂 (日本)
坂 茂(ばん しげる、1957年-)は、日本の建築家、慶應義塾大学環境情報学部教授。アメリカで建築を学び、紙管、コンテナなどを利用した建築や災害支援活動で知られています。
2015年 フライ・オットー (ドイツ)
フライ・パウル・オットー (Frei Paul Otto、1925 - 2015) は、ドイツの建築家、構造家。ケーブルネット構造や膜構造を使った空間が評価されています。特に博覧会のパヴィリオン建築や競技場建築など、その用途上大空間を必要とする建築物において、彼の得意とする膜構造の吊屋根のメリットが生かされています。自然科学から着想を得た、物理的にも意匠的にも軽やかな構造を得意とし、曲面の設計の際にはシャボン玉などを用いた実験を行うこともありました。
2016年 アレハンドロ・アラベナ(チリ)
アレハンドロ・ガストン・アラベナ・モリ(Alejandro Gastón Aravena Mori、 1967年 - )は、チリ出身の建築家。
2017年 RCRアルキテクタス(スペイン)
RCRアルキテクタス(RCR Arquitectes)は、カタルーニャ人の建築家集団。1988年にラファエル・アランダ(Rafael Aranda)、カルマ・ピジェム(Carme Pigem)、ラモン・ビラルタ(Ramon Vilalta)により設立されました。RCRは3人の名前の頭文字をとったもの。
2018年 バルクリシュナ・ドーシ(インド)
バルクリシュナ・ヴィタルダス・ドーシ(Balkrishna Vithaldas Doshi OAL、1927年8月26日生まれ)はインドの建築家。 ル・コルビジェやルイス・カーンに仕えたドーシ氏は、インドの近代主義建築のパイオニア。
2019年 磯崎 新(日本)
磯崎 新(いそざき あらた、1931年 - )は、日本の建築家。大分県大分市出身。父は実業家で俳人の磯崎操次。夫人は彫刻家の宮脇愛子。
磯崎新氏の関連記事
2020年 イヴォンヌ・ファレル、シェリー・マクナマラ(アイルランド)
イヴォンヌ・ファレル(1951年生まれ)は、アイルランドの建築家、学者。シェリー・マクナマラ(1952年生まれ)とともにグラフトン・アーキテクツ(Grafton Architects)の共同設立者。
2021年 ジャン=フィリップ・ヴァッサル、アンヌ・ラカトン(フランス)
ジャン=フィリップ・ヴァッサル(Jean-Philippe Vassal, 1954年2月22日生まれ)は、フランスの建築家。アンヌ・ラカトン(Anne Lacaton、1955年8月2日生まれ)と共に建築事務所、ラカトン&ヴァサルを経営しています。
2022年 ディエベド・フランシス・ケレ(ブルキナファソ)
ディエベド・フランシス・ケレは、1965年4月10日生まれ、ブルキナベ出身の建築家。2022年、アフリカ人として初めてプリツカー建築賞を受賞[3]。ベルリン工科大学で学び、1985年からベルリンに在住。学業と並行してケレ財団(旧Schulbausteine für Gando)を設立し、2005年にケレ建築事務所を設立。
まとめ
40年以上の受賞者たちを見ていくと建築業界の近年の経緯が見てとれる気がします。そしてこれは私見ですが建築業界は、モダニズムとポストモダニズムのあいだを揺れ動きながら、その行き先を探し続けているようにも見えます。そしておそらく、技術革新が大きなきっかけとなり、次の時代へ移行していくのではないでしょうか。と同時に、建築とは、人がそのなかに入って過ごす空間の造形です。がゆえに、常に動物的な快適さや感覚との関連によって評価されたり生まれたりもします。新しい創造と技術とプリミティブな感性のケミストリーが、建築という具体に集結するのは、とても魅惑的です。
参照
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