自分史的なクリッピング史料

昨日は少々老害的な話を冒頭でした。それは、自分の外の世界でも、典型的な老害と思われるような事象が散見されるからこそなのかも知れない。鴻上尚史的には、「世間」と「社会」のありようの違いなのだろうか。なかなか自分の立ち位置を見い出すことにはこの歳になると苦労するもの。自分が必要とされているのかどうか?など迷ったことはないけど、むしろ自分が何をやりたいのか?を問うことの方が大事だと思っている。

2024年6月29日 朝日 いま聞く 人生を追跡調査 幸福のカギは
ロバート・ウォールディンガーさん(米ハーバード大教授)

同大では85年以上、約2600人の「人生の追跡調査」で幸福度を探る研究を続けているとリード文で記されている。こうした研究は他にないそうだ。そしてその研究結果として良き人間関係こそがウェルビーイングに繋がっているらしく、総じてその結果自体に驚きは余りない。この記事では「幸せ」になるヒントを問いかけている。

まずハーバード大では、1938年から「成人発達研究」を実施しているらしく大人から子供まで幅広く調査しているとのこと。対象者には2年ごとに生活状況の調査などの質問票を送り、5年ごとに健康診断のデータを集める。子供など3世代へと調査が広がっていくとある。調査では、良い人間関係が心臓病や糖尿病、関節炎の発症を抑制するなど、健康にも良い影響を及ぼしていたことがわかったと。直接的ではないにしろ、心の安寧が健康状態にも大きく影響するであろうことは、今さら驚きもしないのではと思いつつ。

一方でで慢性的な孤独感は肥満の2倍近く悪く、1年あたりの死亡率を26%高めると言っている。なんとなくだけど、ジャンクフードで満たされてきた米国人などは、そもそも食べ物に対する意識は総じて日本などと比較すると大きな違いもあるような気がしてならない。こうした被験者の50歳時のデータを分析すると老年期の状況を予見できたのは、コレステロール値ではなく人間関係の満足度であったとしている。その満足度が高い人ほど、精神的にも肉体的にも健康な状態で80歳を迎えているという。

キャリアにおける壁を定年間近で迎える日本のサラリーマンは、人間関係の問題がたくさん生じているのではと論じておられる。定年間近の調査では、引退を否定する人が多いというのも想定内の事象。仕事こそ自分の存在価値であるという自負とそれを失くす恐怖が並存すると。

定年が迫ってくると、人生に対する後悔や焦り、虚しさが生じがちだとも。でも自分は、どちらかと言えば、過去には戻れないので、後悔は意識的にでもしないようにしている(無意識的にもなんとか)。今まさに老年の危機に立っている自分を省みると、虚しさが全くないわけじゃないのかも知れないけど(他人から見たらそう見える時もあるのかも知れないけど)、自分の経験でできなかったことを悔やむより、今からできないだろうか?とついつい考えてしまう。もちろん時代背景や環境が大きく変わってきている中で、簡単に今からできることなんてたかが知れている(と周りの皆は思っているのではないか・・・)。

先生はその一つのアドバイスとして「親友を探すこと」だと言っているものの、「親友」を持つということも難しい。学生時代はどちらかといえば個と個で対処できたものが、それぞれが家庭を持って強力な紐帯を築いてしまうと、そこに影響を与えてはという遠慮もある。子育てだって、新たな家族を迎える(例えば息子の結婚など)にも結構気を遣わなければならない。雰囲気のいい職場環境、健康的な職場とはどんなものなのだろうか?

先生は「親友」とは、その人の理解をも進め、そしてリスクも受け入れて付き合うことなのだと。相互理解と相互配慮ということだろうか。そしてその為には寛容の態度が必須だと。職場でウマの合わない人がいても、その反応を反射的にではなく、一呼吸置いて対処することこそが必要だとも。

先生のアドバイスはごもっともなことばかり。でもそれはそれでしがらみもあって結構難しい。若手からは「老害」見られるのは、目上の人の経験値など今の時代には適応できないし自慢話にしか聞こえないという感触はよくある話。自分も管理職の時には、自分の自慢話をしたつまりはなくても相手からすればそう聞こえたこともあったのかも知れない。極力、自分の感情は殺して、ボトムアップで、組織内競争ばかりに目を向けず、新時代にふさわしい事業とは何か?を全員で必死に考えられるような組織にしたいと意気込んだこともあるけど、本当にこれは難しかった。今、この瞬間にもライバルたちは思考を深めているなんてこともよくよく経験した。

自分のアイデンティティーを健全に保持する為にも、誰かとの繋がりは必要なんだという意識は確かに必要だと肝に銘じながらも、結局、自分が何をやりたいというかやっておかなければならないのか?を考えることだと思っている。その際に、他人(第三者)との関係とはどうあるべきなのか?などを自分も含めて老年の域に達したら真剣に考える必要があると思う。

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