今日であれから12年。
実体験に基づいたフィクションです。
『憧れのかわいいメイドさんの格好をして、かんたんなお仕事をしてみませんか❓』
大学卒業ギリギリのタイミングで、自分がやりたいことができそうな会社に頼みこんで、どうにかパートとして事務採用され働き始めて2ヶ月後、閑散期により私は一ヶ月の休業を言い渡された。休業補償は何もなかった。
(閑散期になると私は真っ先に切られる存在なんだ)
絶望的な気持ちになり打ちひしがれたが、落ち込んだままでは仕方がない。一人暮らしの生活費を稼がねば。親に頼れない。頼れるわけがない。
私は一ヶ月限定でできる仕事はないかケータイで調べ始めた。
“ティッシュ配り”
これなら特別な技能もいらないだろうし、やりたいときにすぐやり始められて、辞めたいときに辞められるはず。
『憧れのかわいいメイドさんの格好をして、簡単なお仕事をしてみませんか❓』
時給が良かったから選んだというのは照れ隠しであって、単純にメイドさんの格好をしてみたかったからという好奇心のほうが大きかった。
部屋の中で自撮りした後、ケータイで応募した。締め切り時間までに、定員2名に対して20名が応募していた。半ば諦めていたところ、派遣会社から面接をしたいと連絡があった。サイトを見直すと面接まで進めたのは10名であった。
雑居ビルの2階にある派遣会社に伺った。派手な時計をした男性面接官から簡単な質問をされた後、
「あの画像ってどうやって撮ったの❓」
と聞かれた。
「こうやってケータイを持って、パシャって。」
と答えたが、
「自分の部屋❓」
「照明は❓」
「メイクは❓」
「何回くらい撮り直した❓」
と矢継ぎ早に質問をしてくる。
照明は室内灯だけだし、ノーメイクだし、一発撮りだし。
(もしかして、奇跡の1枚⁉)
当時は簡単な画像処理はできても、加工アプリなんてものは存在はしなかった。
「実際と違いましたか。」
私は苦笑した。男性面接官も苦笑したが、一応否定してくれた。
後日、私のケータイに採用通知が届いた。
勤務地は、1日目は埼玉県、2日目は千葉県のそれぞれ小さな駅前で、サイトで募集されていた東京の有名な駅からはどちらも離れていた。
「おまえのルックスではせいぜいそこの駅前だ」
あの男性面接官からそう言われた気がした。
1日目の埼玉県、私は派手な原色のハッピ姿で、治安があまりよろしくない小さな駅前のトイレの換気扇から漏れてくる糞尿臭の中で、笑顔を振り撒きながら働いた。
近くに風俗店も多く、派手な姿とティッシュで誤解されたのか、50歳代の女性からは、
「あなた、何て物を配っているの⁉」
と怒鳴られたり、男性には抱きつかれたり、手を握られたり、セクハラされまくった。
たまりかねた私は、仕事が終わると派遣会社に電話した。
「あのう、サイトに載っていた駅と別の駅なんですけど❓」
「ごめんね。ごめんね。来週は絶対希望した駅だから、明日1日だけごめんね。頑張ってね。」
(いや、やっぱりいやだ。明日から有名な人気駅前で働きたい。こういうときはごねたほうがいいかな?)
(おまえのルックスではせいぜいそこの駅前だ)
またあの声が聞こえてきた。
(やだやだ。自分はなんて自惚れていたんだろう。恥ずかしすぎる。私はあの駅前の歩行者天国で働けるルックスなんかじゃないのに、何を誤解しているんだろう。)
私は小さな声で
「頑張ります。」
と言って電話を切った。
2日目の千葉県は、昔ながらの商店街や住宅街の近くということもあり、1日目のようなことはなかったが、配ったティッシュに書かれている内容を質問してくるおじさんやおじいさんが後を絶たなかった。
2日間で10年分くらいのナンパをされた気分だった。疲れた。ただただ疲れた。
一日の仕事が終わると、私は電車に乗り込んで座席に座った。
(今日はまだ一回もニュースを読んでいなかったな)
ケータイのニュースサイトを開いた。
「本日の12時30分、秋葉原の歩行者天国で、多数の人が車にはねられたり、ナイフで刺されたり、切られたりして、複数の人が亡くなられたり、怪我をしたりしています。なお、……」
昨日、埼玉県で一緒にティッシュ配りをしていた可愛いあの子は、明日はアキバで働けるって喜んでいたっけ。無事なんだろうか。
その後、すぐに私はその派遣会社の登録を抹消し、パート勤めしていた会社も辞めた。
『秋葉原無差別殺傷事件』
ニュース番組で報道されることも年々減ってきている。
特に今年は、コロナ禍や他のビッグニュースで完全に埋もれてしまっているようだ。
犯人と犯人に同情している人へ
「私はあんたなんか一生理解なんてしない。虐待されてきたからって、他人に何をしてもいいわけじゃない。あんたに殺されたり殺されかけた人間が、虐待されずに生きてきたとでも言うのか?何も苦労せずに生きてきたとでもいうのか?たとえ、何も苦労せずにのほほんと生きてきたとしても、他人の人生を立ち切ってはいけない。あんたのやったことは、やっぱりどう考えたって間違っている。」