⑤オートクチュールな彼女はチーププレタポルテな自分に興味津々
『つばき姫は日本昔ばなし?』
実体験に基づいたフィクションです。
相変わらず皇族みたいなオートクチュールを颯爽と着こなすお嬢が、学内で私に話しかけてきた。
「オペラに興味はあるかしら?」
「オ、オ、オペラですと⁉」
私の半生の中で、日常会話にオペラという単語をサラッと言った人間がいなかったため、一瞬、そら耳かと思った。
「音楽の時間やテレビでチラッと聴いた程度かな~。」
お嬢の前で見栄を張っても仕方ない。私は正直に答えた。
「ということは、劇場で観たことがないということかしら?」
お嬢の目はなぜか輝いていた。
「そうだけど。それがなにか?」
私は目を白黒させた。
お嬢によると、家族と一緒にオペラを観に行く予定が、用事ができてしまい誰も行けなくなってしまったとのことだった。生でオペラ鑑賞なんて、この機会を逃したら一生縁がないかもしれない。私は迷わず快諾した。
「作品は『椿姫』なんだけど、大丈夫かしら?」
とお嬢は聞いてきた。
「大丈夫って⁉」
私はお嬢が何を意図してそう言ったのかわからなかった。
「好みがあるじゃない? 喜劇が好きだとか、悲劇はちょっと駄目だとか。」
お嬢は、私の顔をのぞきこんできた。
「う~ん。私、たぶん何でも大丈夫だと思うよ? 映画もジャンルを問わず観るし。ところで、その“つばき姫”とやらは、喜劇なの?悲劇なの?」
今度はお嬢が目を白黒させた。
「取り敢えず、図書館で本を借りましょうか。」
お嬢の顔は少しひきつっていた。
図書館で本を開いた。
「これ、外国の話なんだ⁉ 人名、覚えにくそう。」
と私が言うと、
お嬢は若干青ざめながら、
「どこの国のお話と思っていたのかしら?」
と私に聞いてきた。
「日本!だって、つばき姫でしょ? 織り姫とかかぐや姫的な。」
「公演までに読んでおいて方が良さそうね。」
お嬢はため息をついていた。
公演当日、私は、アウトレットで買った総額1万円のプレタポルテのワンピースと靴に、お嬢から借りたストールを巻いて行った。
お嬢はいつも以上にゴージャスなオートクチュールに、首もとと耳と手の指には宝石が、手首には重たそうな時計が輝いていた。
「そういえば、チケット代っていくら?」
私は払おうとした。
「3万円よ。」
お嬢はサラッと言った。
「さ、3万円⁉ 二人で?」
私は驚いた。
「一人よ。15,000円のA席だと、私、音響があまり好きじゃないのよね。」
チケット代を払いますという言葉を私は飲み込んだ。
新国立劇場に着いた。席はかなり前の方かと思っていたが、1階席の後ろの方だった。
(ここが3万円⁉)
スマホで検索すると、 いちばん高い席は10万円を超えていた。
ブザーが鳴り、注意事項がアナウンスされ、再びブザーが鳴ると、舞台が暗転した。
(いやーーー、うそ~~~ん。)
すべてイタリア語だった。
字幕はあるにはあるのだが、映画のように目で追えるスピードに合わせて多少訳を省いて書かれているわけではなく、すべてを正しく訳しているために、字数が多く、両サイドに縦に設置された字幕スーパーは、ミュージックステーションのエンドロール並に高速で変わり続けた。
オペラ初観賞は、字幕スーパーとの戦いに終止した。
(今なら、パチンコ屋のスロットマシンが低速に見えるかも)
「いや~、オペラってイタリア語なんだね。英語ならまだしも、イタリア語なんてまったくわからないよ。字幕も異常に速いし。」
帰り道、私がそう言うと、
「イタリア語、知らなかったんだ。」
お嬢がポツリと言った。
「お嬢はイタリア語も知っているんだ。」
そういえば、お嬢は、オペラ歌手がジョークや皮肉を言うと、字幕が最後まで流れきらないうちに、フフフと笑っていた気がする。
「Grande!」
私は大袈裟に両手を開いて、お嬢の語学力を褒めた。
「嬉しいわ。今日の舞台を気に入ってくれて。」
お嬢はオートクチュールをヒラヒラさせながら、タクシー乗り場に向かって行った。
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