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【19】壁当て
学生時代の先輩は彼から言わせればそんなことはないと否定するかもしれないが、頭の中を垂れ流すように話してくる。こちらの興味のあるなしは無関係に、今日も右翼の人が天皇制をどうして大切にしているかを知りたいと訊ねてくる。
「あとさ、Google マップで見ると皇居や御所ってめっちゃでかいのよ。ニューヨークのセントラルパークの比じゃない、公園にしたら、こんなに素敵な都市ないよ」
と言って、地図を見せ、
「この地図で大きな緑は、皇居、赤坂御所、新宿御苑なんだよ。明治神宮よりデカい土地が三つもあるのよ」
と続けられるが、私は何の意見も持っていない。
そんな彼がある日、ある小説家の元カノがnoteを書いていて人気があるんだと教えてくれた。
「この人文章上手い、読ませます」
「私もnoteやろうかなあ。mixiまじで読まれない」
mixiを始めたのは1か月くらい前だろうか。昔の自分に会いに行った。
「掟ポルシェが使ってるって言ってたよ」
「そうなんだ。当時使っていた人たちは殆どいないよ」
「そりゃそうだよ」
「noteなのかなあ、今は書く人って」
「note多いよね。課金がしやすいし。『マルコポロリ!』の『TKOの未来考えよう』おもしろかったよ。僕はくだらないことだけ話していられる人生になるつもりだったんだけどな。なんかさー、社会主義とか、平等とか、格差解消とか、ちょっと真面目で褒められて生きてきたタイプの人たちがちゃんとやってくれると思ったのよ。学級委員タイプの」
「mixiよかったら読んでほしい」
「分かった、読むよ」
「ありがとう。ところで、あなたの名前は出さずにモデルの一人として創作書いてもいいかな?」
「別にいいよ。そんなの承認取らなくていいよ。本名丸出しは恥ずかしいけどさ。そんなに有名人でもないし」
「短編書いたらいい感じに書けたからもっと体力付けていつかちゃんと書いてみたいんだ」
「すごいじゃん、書き切れよ」
「太いの一本書きたいんだ。寄せ集めじゃなくてね。だけど力が足りないよ。自分がどんなの書くか見てみたい」
「自分に期待しているのいいね。芥川賞取ったら、俺が育てたって自慢するよ」
先輩は時々思い出したように私にメッセージを寄越す。翌日だったり、数週間後だったり、数ヶ月後、数年後だったりする。歳を取って素直になったところもあれば返って頑なになったところもあるように感じる。本人は気付いているだろうか、誰かと解り合いたいという渇望と諦めが彼の心の中を揺蕩い、私みたいなのにそれを指摘されると嫌がるかも知れない。触れようとすると尖ってしまう。尖り続けると寂しそうだ。解り合いたいより、受け入れられたい、のだろうか。ちょっと話の分かる人に「うんうん」と聞いてもらえるのが一番良いのだろうか。とにかく彼のメッセージは心の機微が感じ取れてなかなかグルービーだが、私はこの人に育てられた覚えはない。