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創作 「麺屋」

 あるベッドタウンの駅の裏手にあるラーメン店は、いつも行列ができていた。さすがにこの時間に行列はないだろうと、午前〇時の閉店間際に店の前を通りかかったが、このときも十数名ほどの列があった。


 昼の行列となると、もちろんさらに長い。三十人は並んでいる。 店の名は「タンタン」。 タンタンの真隣にもラーメン店がある。 店の名は「椿」。こちらには行列ができているのを見たことがない。客が入っているのすら見たことがない。隣で行列ができているのに、ひとりも客が入らない。

 私はどちらのラーメン店のラーメンも食べたことがなかった。ラーメンに特別な関心はないし、どこのラーメンも味に大きな違いはないと思っていた。だから、タンタンのラーメンも椿のラーメンも、それぞれうまく、タンタンの方に行列ができているのは、わずかの差で人々の好みにより合っていただけなのだろう。 それなのに、こんなにも差ができてしまったのは、行列好きな日本人の性格が極端に出てしまった結果だと、私は椿に同情をした。

 ある早朝、店の前のコンビニから出て、私はおどろいた。 開店前のタンタンと椿の両店主が、語り合っているのを目撃したからだ。てっきり仲が悪いと決めつけていたが、はた目には両者の間に友情があるように見えた。私は缶コーヒーを少しずつ飲みながら、両店主の会話を盗み聞いた。

 話の内容はスープについて。何時間煮ているかとか、試してみた食材の良し悪しについて。話題は麺にも及んだ。素人にはわからないが深いこだわりがあることが伝わってきた。お互いが高いプロ意識で仕事をし、技術を磨きあっている。朝からいいものを見たと私は感動した。そして、椿に客がいないのは運命のいたずらで、いつかは両店とも、この街を代表する名店になると確信した。

 それから数日後の晩、飲み会の帰りだった。飲みすぎて終電で降りた私は、ラーメンを欲していた。駅の裏に回ると、二店とも営業をしていた。 黄色と橙色に光り輝いているのがタンタンの看板で、やはり列ができていた。弱々しい照明の椿には、やはり客がいない。私はタンタンの行列を追い抜いて、椿に入った。私が椿のよさを見出して、この街の住民たちに伝えてやる。

 椿のラーメンは、ぬるめの即席麺そのものだった。ぬるい分、自分で作った方がうまいとすら感じた。恐る恐る厨房に目をやると、前に見かけた店主だった。あのこだわりトークはなんだったのか。とりあえず全部食べた。

 店を出て家に向かう途中、夜空に一際輝く星があった。「椿がなくなりますように」私は心の中で手を合わせた。

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