次に出会うのは女子トイレじゃなくって渋谷にしようか
都内の大学の、今はなき古い校舎の女子トイレ。
そこで出会ったFに私は驚いた。
お、男。じゃ、なかったのか……
Fは、いつも講堂の一番前で、ひとりで講義を受けていた。
短髪黒髪で逆立った髪。色白で小柄で、鋭い眼光をしていた。
Fはいつも、黙々とノートをとっていた。
私は教授の話を聞くふりをして、Fを観察した。
女子トイレですれ違わなければ、永遠に男だと勘違いしていた。
よく見たら、とても華奢な人だった。
3年生で初めてのゼミに出席したとき、Fはそこにいた。
小説創作ゼミという特殊なソレに集まった我々は、すぐに打ち解けた。
Fは全然マジメじゃなかった。講義中はいつもプリントに達筆で変なことを書いて寄こし、笑わせにきた。
「あんた、オモロイなあ」
関西出身のFにそう言われると、私は嬉しかった。
吸えもしないのに喫煙所に付き合ったり、Fの家に泊まったりした。
「わし、女子便所イヤなんよ」
Fは自分のことを「わし」と言った。
「びっくりされるやろ、こんなん。車いすトイレありゃ、そこ行くんやけど……」
Fがそう言いだしたのは、Fの殺風景な一人暮らしの部屋だったか。
「正直、あんた女子トイレで見たとき。びびったよ」
私が言うと、Fは「な?」と笑った。
「〇〇教授ってさ、絶対オカマやん?」
Fはそんな話が好きだった。教授の噂とかモノマネとか、そういうのが。
そうなの? 私は言った。
「わしもその部類だからわかるんよ。確信した。性同一性障害ってやつなんよな、わしは」
Fは流れるように会話の中でそう言った。
だから私も「そうか」と言った。
「じゃあトイレは確かに。むずいね」
次に言えたのはそれくらいだった。
「な?」と。Fは笑った。
卒業後しばらくして、院に進んだFとは連絡がつかなくなった。
Fは今もトイレで困っているだろうか。
―――生きている、と、信じている。
Fのこと。
「私はわかってるよ!」なんて熱い言葉で受け止めたら、今も連絡がついただろうか。
わかってる。そんなヤツじゃないよな。
ALL GENDERトイレ。
性犯罪の可能性も拭い切れない今、導入は容易ではない。
でもこの取り組みをそれで終わりにしてほしくない。
「世の中に、身体と性自認が異なる人間は、沢山いる」
それがもっと認知されたら。
Fもトイレで、困らない日が来るだろうか。
なあFよ。
生きてろよ。
また会えたら。
渋谷のおしゃれなトイレ、教えてやるからな。
もしこのような記事をサポートしたいという稀有な方がいらっしゃいましたら、ぜひともよろしくお願いいたします。5児の食費・学費にさせていただきます!