「できない」より「できそうでできない」の方がモテない説
スマートスピーカーに何ができるかわからない状況で呼びかけたときに、求めたものが「できない」と返ってくるのと「できそう」な返事のあとに「できない」とわかるのとではどちらがより気持ちをもやっと、イラッとさせるのか。
人によるのかもしれないけど、個人的には後者がよりもやっと、イラッとすることが判明。
理由は2つ。
・期待させた分の落差が激しい
・同じ結果にたどり着くまでのプロセスが長い
と書いてみて、別にVUIに限った話ではなく、自分にとっても取り立てて新発見でもないことに気づく。
どんぴしゃの例えは浮かばないけど、↓はそれに近いように思える。
・クライアントの要望に「Yes」と答え続けた結果進行が破綻する
・「あの娘あんたのこと好きかもよ」からの「そんなことなかった」
当たりそうで当たらない、といった射幸心を煽る世界であれば別なのかもしれないけど、そうでなければ「できない」ことは「できない」と明示して、そのものの用途とか機能をユーザー側が整理できるようにすること大切なのでは、というメモ。
以下は今回試したスマートスピーカーへの呼びかけ。
違いが「エラーケース」への対処の設計から生まれているのか、「応答の候補リスト(書籍『デザイニング・ボイスユーザーインターフェース』曰くN-bestリスト)」の精度から生まれているのか、その辺りは不明だけど。
■御三方へのお題(2019/1/6時点)
「話をしよう」
■同回答
・Alexa【できない】
「うまく答えられません。ごめんなさい」
汎用のエラーコメントが返ってきて「(今は)対応していない」ことがわかる。
後日対応できるようになったとしても「対応したよ」と明示されないのは、VUIの別課題として置いとくとして、求めに対する「No」という回答は得られたので、特にストレスなし。
・Clova【(ある意味)できる】
↓の流れでやりとりが成立するケースが多かった。
(1)私「ねぇClova、話をしよう」
(2)clova「どんな話をしましょうか」や「たくさんお話しましょうね」
(3)私「○○の話」や「調子はどう?」
(4)clova「(3)に対する回答」
すごいのは「一見すると会話成立」までたどり着いているところ。
実際のところ(1)(2)は欠けても成立するやりとりなので、会話かというとそうでもないんだけど、そうは感じさせないところが素敵。
・うまいことClovaができることに誘導されている
・自然な流れでユーザーがお題を指定することになっている
・プロセスが延びているだけなのに、大してストレスを感じない
この辺りがよく練られた設計だなと感じた。
どんな分岐フローで成り立ってるのか、いつか公開してくれないかなぁ…
無理か。
・Google Home【できそうで、できない】
「いつでも大歓迎です」や「お話するのは大好きです」
お、いける!と思いきや、以上で終了。呼びかけても返事なし。
天気やスポーツなど、具体的な問いかけをすれば会話できるのかもしれないけど、より曖昧で漠然とした問いかけには答えられないということか。
これでも「ああ…対応できないのか」というところまでは伝わるけど、できればClovaのように誘導をかけるとか、お題を提案するとか、何かしらの具体的な反応はほしかったな。
ということで、個人的には「できる>できない>できそうで、できない」。
この教えを自分にも活かして「スポーツできそう」なふりをやめて運動音痴感を全面に出せば、いまよりちょっとはモテるようになるのかも、というのが、今のところ2019年最大の発見。