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小説を書く。その50【BL小説】
西の空が茜色に染まる。
いつの間にか、ずいぶんと時間が過ぎ去っていたようだ。縁側に並んで腰掛ける俺たちを、草間から聞こえる虫の音が優しく包んでいた。
「……もうそろそろだな」
言葉にしてしまうと、別れが早まってしまうような気がしたが、刻限はもう間近に迫っている。
「……そうだな」
「……今まで、ありがとう」
そう言うと、彼はふふっと軽く笑んだ。
「あんなに小さかったお前が大人になるなんてな。月日の経つのは早いもんだ」
こちらを振り返った彼の体を通して、陽光が透けて見える。
彼は、こちらの世界に長くいすぎたのだ。
『行かないで』
幼かった俺が放った一言が、彼の運命を変えてしまった。
もう、三十年も前のことだ。
あの時、自分の世界に戻っていれば、こんなにも早く力を使い果たすことはなかった。
本来、もっともっと、千年も生きられる種族なのに。それなのに。
「――泣くな。お前を泣かすためにこちらに逗まったわけじゃないぞ」
これから消えてしまうというのに、彼はとても嬉しそうだ。
「でも……」
俺が。俺のせいで。
「俺がいてよかっただろう?」
こくりと大きく頷くと、涙がぽろりと溢れた。天涯孤独だった俺を導き、育ててくれたのは彼だ。彼がいなかったら俺はとうにのたれ死んでいただろう。
「すまないな。お前の寿命が尽きるまではこの身体が保てると思っていたのだが。……脆いものだな、意外と」
今度はぶんぶんと首を横に振る。
「だが、お前と過ごした時間は、なかなか楽しかったぞ。長く生きて来たが……ここで過ごした月日が、いちばん満たされていた」
感謝する、と少しだけ目を細めて笑う顔は、あの頃とちっとも変わらなかった。
透けていくその身体を繋ぎ止めようと手を伸ばす。
だが、その手は空を掴み、彼のいた形跡をひとつも残すことなく、ただ山の端に姿を隠した夕陽の残光だけが、彼の座っていた縁側の板間を淡く、か細く、照らしていた。