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小説を書く。その52【BL小説】
あ〜やだやだ。
薄暗い室内にひしめき合って座ってるのも。大音量で調子外れの歌を聞いてなきゃならないのも。カラオケはどうも苦手だ。
久々の同期会で、入社以来顔を合わせてなかったメンバーとも話せてそれはそれで楽しかったのだが。
二次会のカラオケは遠慮するつもりだったのに、いつの間にかずるずると連れてこられていた。おかしいな。
苦手な原因は、この独特の雰囲気もあるかもしれないが、歌える歌がないということもあるだろう。
いや、厳密に言えばあるのだが、このような飲み会の延長のような場で、皆が知っているような盛り上がる歌を知らないのだ。
昔からハマっている無名のバンドの曲なら、たぶんどれでもフルで歌いきれる。けど、絶対盛り下がる。自信がある。
だから一人絶対一曲、なんて強要されても困るんだ。
目の前に置かれたタブレットを見て、ため息をつく。CMで聞いたことのある曲が狭い室内を満たし、熱唱がマイクを通してがんがん跳ね返っては耳に飛び込んでくる。
「……歌わねえの?」
耳元でそっと訊いてくる声に、
「歌えねえの」
と答える。同期で同じ本社勤務だけどすぐに違う部署に配属された野崎。話すのは何ヶ月ぶりだろうか。
ふうん、と興味なさそうに自身のグラスを呷る。そう言う野崎もまだ曲を選んでいない。
「お前は何歌うの」
そう問うと、俺の前にあるタブレットに手を伸ばし、勝手に指を乗せて操作しだす。
「――これ」
「えっ」
そう言って長い指が指し示したものは、俺の好きなバンドの、しかも俺がいちばん好きな曲。
「これ、歌えるの?」
と半ば呆然としてつぶやくと、
「逆にこれしか歌えない」
と苦笑いしながら返ってきた。
改めて野崎の顔をまじまじと眺めて、俺は言った。
「今度……一緒にカラオケ行かないか?」
お前の番だぞ、とマイクが回って来たが、俺はもう興奮状態で、おそらく二人しか知らない歌を歌うべく、すっくと立ち上がった。