Go To 上高地
毎年10月になると、父と母は上高地へハイキングに行く。かれこれ10年以上続く夫婦の伝統行事で、予定が合う年は姉や私も参加した。
今年も、父は早くから上高地のいつもの宿を予約していた。もう自分は行けないだろうと悟ったころ、「予約してあるから誰か行ける人が行っといて」と言われた。コロナ禍で諦めかけてたけど、せっかく父が母と行くために予約してくれていた旅行なので、母と私の二人で行くことにした。
10月の上高地はすでに紅葉が始まっていて、京都よりも1か月ほど早く秋を楽しめる。澄んだ空気の中、穂高連峰が青空に映え、まるで視力がよくなったみたいにどこまでも稜線が見えた。
きっと父のことばかり考えるセンチメンタルな旅になるだろうと覚悟して来たけど、3000m級の北アルプスの山々と透き通った梓川を見ていると、悲しむどころか気分が晴れやかになった。黄色くなったカラマツ林を歩きながら、母と私が上高地にいることを父も喜んでくれているはず!と確信した。
さすが毎年来ているだけあって母は「この木は毎年、紅葉がきれい」とか、「この先のシラカバ越しの山がいい」とか木単位で景色を覚えている。1日目は明神池へ、2日目は田代池から大正池、帝国ホテルのカフェでカマンベールチーズケーキを食べて帰る、という父と母の定番のルートを辿った。
山が好きな父の希望で、長野は家族で一番よく旅行した場所。最後に父と旅行したのも長野だった。今回の旅で、長野がいっそう思い出深い場所になった。
大学生の頃は、いつか長野のワサビ農家の人と結婚して、私が蕎麦を打ち、夫のワサビを添えて出す蕎麦屋を切り盛りしながら長野で暮らすんだ、と夢見ていた。わりと真剣に。
結局、ワサビ農家の人と知り合う機会すらなかったけど、長野にはこれからも何度も訪れたい。父との思い出の上に、楽しい旅を重ねていきたい。