犬の夢

犬の夢

妹と和室にいたと思う。当時あったタンス、昔持っていた、おそらく高校の修学旅行で買った黒のスーツケースがあった。

和室の横にリビングがあり、リビングにいる犬と目があった。
犬は飛び起き、ダッシュをし、黒のスーツケースに飛び込む。タンスの隣にあったので、頭をタンスにぶつけ「ゴンっ!!」という音が響く。それだけ元気なのだろう。

そして、その後、あぐらをかく俺の懐に飛び込んできた。
しっぽは左にあり、それがふれる、ふれる。
そして頭は俺の鼻、口のところに。
俺は妹に「○○(犬の名前)は死んだよな。死んだんよな。目の前のこれは何。」といいながら、死んだはずの犬が確かにここにいる。
この現象はただごとではない、死んだやつが目の前にいる。
死後の世界があるのか?とにかく、なにかしらの超常現象はあるのか?
目の前のこれは〇〇だ!
となりながら、強く抱くというか、存在を感じていた。
毛は長めで、若い時の犬だった。

そこで目が覚めた。声を出して泣いた。夢で抱いた犬は、やっぱりいつもの彼女だった。犬を抱くと、感情がリセットされる。
とにかく、ふっと楽になれる。

実際、夢から覚めたあとの俺は、いつも犬を抱いたときのように楽になっていた。犬の質感が、そしてダッシュしてスーツケースに飛び込んだ時の音といい、におい、しっぽの先の毛が手に触れる感じがあった。

夢から覚め、その犬がいない現実と、その夢の中の彼女を抱いたことで、(いつもなら、犬を抱いて気持ちをリセットし、やる気というか、前向きになれていた)当時のように前向きになれたこの感情が、俺に声を出させて泣かせた。信じられないくらいに悲しい。

今の生活、この日々、一人でのひたすらの模索。一人、ひたすら一人で生きているな。でも犬や家族というか、俺は俺にとっては犬が大きかったんだろう。
そして、そんな存在もなくなってしまった今、俺は相変わらず死にたいとか、鬱に飲まれている。そのまま32歳になってしまった。
32歳も相変わらず、驚きの黒さで俺を飲もうとしている。
〇〇ちゃん(犬)のような存在、人にとっては大事なのだろう。


俺は本当に一人で闘わないと。

忙しい中に、ゆっくり考える時間、瞑想する時間。大事な存在を感じる時間、流れる時間を大切にしようとする時間。
無音でぼーっとする時間。これを大事にしよう。大切にしよう。
飲まれている。俺は飲まれている。

ギターを弾きたい。
音楽を作りたい。

人間には、命には死がある。死んでも、つながる先はあるのかもしれない。
景色、世界とより広く、呼吸が世界とつながるような、そんな瞬間があるのかもしれない。
命には終わりがある。
脳を切り替えないと。
日常の、目の前のことから、どんどん時間を削られ、どんどん社会と、生きる空間と、自身の日々に卑屈になり、それが俺を殺そうとしている。俺の日々を殺している。脳を犯している。

脳を切り替えないと。生きているんだ、俺は。俺は俺の時間を所有しないと。他者に時間を所有されている。

俺は何なんだ。


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