司法試験の採点実感の読み方
はじめに
資格試験の勉強では、先人達に教えを請うのが定石です。司法試験の勉強方法では「採点実感を分析する」という方法が有名でしょう。
それ自体は知っているけれど、一口に「採点実感を分析する」と言われても実際何をすればよいのかわからない、漫然と読んで終わっていた、という人も多いのではないでしょうか。
そのような思いから、私が司法試験受験生時代に実践していた採点実感の分析方法をお話したいと思った次第です。
この記事では、特定の年の採点実感を分析するのではなく、採点実感そのものに対する向き合い方と称して一般的な注意事項をいくつか指摘したいと思います。
司法試験委員は名だたる専門家達が名を連ねており、一介の司法試験合格者が色々口出しするのはおこがましいことかもしれません。ただ、受験生が書いた答案に忌憚の無い意見をくださる採点実感に対して、とやかく言ってやることで溜飲が下がる者も中にはいるのです。
1 採点実感分析の目的
⑴ 採点実感の主成分はダメ出し―やってはいけないことを知る
採点実感は、受験生の答案に対するダメ出しが主なので、そこに書かれているいくつかのポイントは受験生として修正すべき、改善すべきポイントだということです。採点実感を分析する第一次的な目的は答案を作成するにあたって回避すべきポイントをおさえることにあるといえます。この点をおさえれば、どの問題でも無難な答案を書くことができるようになるでしょう。
また、採点実感にはダメ出しだけではなく、好ましい説明方法等プラス評価のポイントも指摘されることがあります。それは往々にして優秀な答案の特徴となっていますが、上記のマイナス評価ポイントを意識できないレベルで優秀な答案の特徴を真似しようとしても骨が折れるだけです。
優秀・良好評価などのポイントは、自分でも頑張れば出来そうなものは参考にさせてもらい、そうでないものは基本的にはスルーでOKだと思います。過去問を何度も解いて、採点実感が指摘するマイナス評価ポイントを確実に押さえているレベルに至って初めて優秀・良好評価のポイントを意識し始めるくらいでも遅くはありません。
⑵ 合格答案を書くために必要なレベルを知る
採点実感には、答案全体、あるいは、設問への回答のレベルとして、基本的に「優秀」「良好」「一応の水準」「不良」という4段階が用意されています。これらは司法試験考査委員会議申合せ事項である「司法試験の方式・内容等について」として公開されている情報です。
これらには基準の点数が設けられており、近年の水準としては、「優秀」は100点から75点、「良好」は74点から58点、「一応の水準」は57点から42点、「不良」は41点から0点です。実際には偏差値を算出して得点を出すことにはなっているので正確なことは言えませんが、近年の司法試験は、短答式試験で全体平均点程度をとることができれば、論文式試験の得点率が約50%で合格ラインに立てる試験なので、差し当たりは「一応の水準」を目指すべきです。成績表の評価でいうとBからC(最低限45点くらいは欲しい)に当たるでしょう。抜群なAをとるよりも、全科目でBからC(の上位)を揃えることを目標とした方が堅実といえます。
堅実な歩みを進めるためには、「一応の水準」とはどれくらいのレベルなのかを知る必要があるので、採点実感が示す「一応の水準」の説明を参考にして、「一応の水準」のレベル感に触れ、自分の感覚として「このレベルの知識は『一応の水準』かもな」と判断できるようになるのが理想です。
2 採点実感分析の具体的な方法
⑴ まず過去問を解く
まず何よりも過去問を解くことです。過去問を解かずに採点実感を読んでも何も入ってきません。問題に関係の無い一般的な指摘も存在しますが、当該問題のヒントとなるような言及も多く、採点実感を読んだ後に問題を解いても「正解を書こう」と思ってしまい、自分の理解で答案を書くことができず、無駄になってしまいます。
⑵ 「一応の水準」のレベルの確認
「一応の水準」の説明部分を参考にするのは当然ですが、それのみだと細かい部分についての評価が把握しにくいと思います。その他の説明部分にも目を移す必要があるでしょう。
「一応の水準」を額面通りに受け取ると、最低限すべきことはできているが特段良好な評価をすべきとも言えない、という印象を受けます。そのため、明確な理解不足や論理矛盾、三段論法の欠如等致命的なミスとして厳しい評価の対象とされているもの、できなかったことを「残念だ」と遺憾の意を表明されいてるもの等にまずは注目すべきです。
答案のレベルの評価は、「望ましい(あるいは望ましくない)言及や説明+その言及や説明をした者の数の多さ」で構成されるのが基本です。たとえば、ある年の採点実感では以下のような記載があります。
「望ましい言及+答案数が多め(比較的多かった、少なからずあった等。一定数あった、も入り得ます)」の場合、その言及は多くの受験生が説明できる基本的な知識なのだとわかります。この言及は「一応の水準」に当たり得るものであり、この言及ができなければ不合格要因となり得るということです。自分がその言及をできなかったか否かに関わらず、なぜ気づけなかったのか、次同じミスしないためにはどうすればよいのかを分析して、次に繋げるるべきでしょう(いわゆる敗因分析をする)。
「望ましい言及+答案数が少なめ」の場合、多くの受験生は言及できなかった事項ですから、優秀・良好の部類に属するといえるます。この言及ができなかったとしても合否に影響はありません。落ち込む必要はないですし、最悪放置でいいでしょう。採点実感における説明が理解できて、かつ、自分のものにできそうなものであれば今後の参考にすればOKです。
「望ましくない言及(あるいは望ましい言及をしない)+答案数が多め」の場合、多くの受験生が陥りがちなミスの指摘です。この言及をしたとしても、(少なくとも当時の試験においては)合否に大きな影響はないということになります。ただ、ミスに変わりないですし、次に同じような問題意識の問題が出されたときに改善してくる受験生も相当数存在すると考えられるので、こちらも敗因分析をしておくべきでしょう。
「望ましくない言及+答案数が少なめ」は、悪目立ちしている答案です。致命的な欠陥がある答案を指摘して、警鐘を鳴らしているのでしょう。この部類に当てはまってしまうとおそらく不良評価になってしまいます。してはいけないこと、として肝に銘じておくべきでしょう。もちろん、敗因分析も必須です。
もちろん、以上の定式に当てはまらない言及も多数存在します。そのような場合も、次同じミスをしないように、という次に繋げる意識で参考にすればOKです。
上記のような分析を通して、答案において「やってはいけないこと」(自分ルールのようなもの)を確立し、採点実感の文章へのマークや書き込みとして目に見える形で残す。そして、それを使って、複数回問題を検討する中で以前ミスした箇所を改善できているか、「一応の水準」を死守するために守らなければいけなかったルールを守れているかをチェックし、ルールを自分のものにできているかを確認しましょう。
私は採点実感が求めている「一応の水準」の肌感覚を失いたくなかったので、過去問の検討と並行して、司法試験直前期は自分ルールをまとめた採点実感を読み込むという作業を行っていました。
⑶ その他の分析方法
過去問の検討と上記した採点実感の読み方を実践すれば、概ね採点実感の分析はできていると言っていいですが、自分の「一応の水準」レベルの認識が本当に合ってるのか不安になる方もいるかもしれません。
より分析を深めたい方は、分析のツールに再現答案を加えることをおすすめします。市販されている答案集はもちろん、ロースクール内における司法試験の検討会の資料等受験生でもアクセス可能な資料はたくさんあります。
再現答案の中では高順位の答案が注目されがちですが、超優秀答案が書けないと落ちるわけではないし、これを目指しても心が折れるだけであるからそこまで重視しなくても大丈夫です。美しい日本語や論理的な説明を鑑賞するツールとして利用した方がいいです。上手く説明できない箇所や評価の仕方が分からない事実がある場合に参考になります。
注目して欲しいのは、BやC等の「一応の水準」に属する答案とD やE等の「不良」に属する答案です。両者が言及している知識は落とせば「不良」になり得ます。前者が言及していて、後者が言及している知識は「一応の水準」に属すると言っていいでしょう。
終わりに
長々と書いてきましたが、とにかく言いたいのは、採点実感は漫然と読むものではなく、次につなげる意識で細かく読んでいくことが重要ということです。
採点実感も採点をした司法試験委員の実感に過ぎませんが、受験生にしてほしいこと、してほしくないこと、期待していることを明らかにしてくれているわけですから、それをしっかり読み込んで、期待の通りに論文を書くというのが司法試験委員に気に入られる(?)のが手っ取り早いでしょう。
後輩に仕事を引き継いだり、やり方を教えた後、その後輩が説明通りに仕事をしていなかったら、「教えたよね?!教えた通りにやっておくれよ!」と思いますよね(採点実感の中にそのような場合があるかはともかく教えた方が悪い場合もありますね。講師には刺さりまくる指摘です)。
受験生としては先輩からのアドバイスをしっかり聞いて、それに従った行動を採って、先輩に気に入られましょう。焼肉ぐらいは奢ってもらえるかもしれません。
今後は、各年各科目の採点実感に対して、私なりに思ったこと・考えたことをまとめて記事にすることを予定しています。そちらの記事の方にも一瞥くれてやってもらえると幸いです。