ツンデレな国 フランス

15区のアパートに引っ越して1カ月経った。
快適は快適なんだけど、やはりすごくフランスなのだ。

まずその1。
入居してすぐにクセのある玄関の鍵と格闘した。鍵を開けるのにコツがいるのはフランスでは当たり前で慣れているんだけど、ある日どうにもこうにも鍵が抜けなくて、汗を掻き、指にマメができるほどにカチャカチャと格闘すること30分、ようやく一旦抜けた。抜けたということは、今後またこの状況になっても困るから、また試したくなり、再び挿したら、やっぱり抜けなくなった。

もう諦めて挿しっぱなしにして、1つの鍵だけで生活することを覚悟したけど、その時なぜか現れたスラムダンクの安西先生の声

『諦めたらそこで試合終了ですよ』

ならば、と、近所のなんでも売ってる『家庭の友』という名の金物屋でクレ556的なものを買いに行き、即座に試しても一向に抜ける気配無く、どうやらそれが原因ではないとみた。力技とも思えない。ところがこの直後、私はすごい発見をした。決定的なコツを。抜く時に鍵穴の基盤を指で押さえると、魔法のように簡単に抜けるのだ。基盤が手前に微妙に飛び出た状態だと、内側でズレが生じるようで全く抜けない。

これは我ながらすごい発見だと思った。
ドラクエのレベルアップの音がした。
持ち主の大家さんですら、力ずくで苦労して抜いていたのに、よくぞ今まで鍵が曲がらなかったものだ。

扉には上下二つ鍵が別々であるので、片方が使えなくても、もう片方のみで機能することはするけれど、これで晴れて二重セキュリティの暮らしとなった。
たまたま開かなくなった時が、用事が無い昼間で良かった。

問題を解決した後って、なんて嬉しいんだ。
安西先生ありがとう。

その2。
トイレの流れが悪い。
入居時は実際に使ったわけではなかったので、流れの悪さに気が付かなかった。
大とか小とか関係無しに、流した後に紙が残っている。

これは困る。水量を増やさなければ。

タンクの蓋を開けてみた。
しかし日本のトイレと全く違うので仕組みがわからない。解読するためにいろいろ触ってみたが、途中水が止まらなくなってタンクから溢れそうになり、焦った。とっさに止水栓を閉めたのでギリギリ溢れずに済んだ。

水相手は手強い。

一旦休憩し、再びチャレンジ。すると、パキンと音を立てて、部品が分解され、その部品がタンクの底に落ちた。仕組みを解明する前に分解してしまったので、まず元に戻さなくては。それでまた相当時間がかかったが、なんとか元の状態に戻せた。

疲れた。

あ、そうだ ネットで調べればいいじゃん!と思い、いろいろ検索するも、自分と同じ型のものが全く出てこない。

お手上げか、どうしたら。
そして思い出される鍵との格闘の思い出と安西先生。

諦めないぞ。
そう思った矢先、私はずっと上ばかり調整しようとしてたけど、仕組みを考えると下の方の器具がどうも怪しい。

そちら側を外して、長さを調節できないかとよーく見つめてみる。と、レゴのようにパチっとはめ込む仕組みになっているのを発見!

なんか近づいている。すごく近づいている予感だぞ。

そして、水を溜めて流してみたら、水量が増えて、一回で流れるようになった。

またドラクエレベルアップの音。

なんて嬉しさと達成感なことでしょう。

その3。
10月になり、ようやくアパート全体の暖房が入り始めた。これは中央暖房システムという、建物全体に張り巡らされた配管をお湯が循環し、さらにその配管から家庭内のラジエーターに給湯される仕組み。

しかし、私の部屋のラジエーターが冷たいままである。部屋に張り巡らされた配管はあったかいのに、明らかにラジエーターまで届いていない。

これはおかしい。
スイッチが稼働していない様子だ。

そこでまたネットで調べてみたら、嘘か誠か、こんなことを説明する動画が出てきた。

『夏の間スイッチはオフになったままでボタンとなる突起部分が固まっているので、それを引っ張って動くようにします。周辺の配管もトンカチで叩くようにすると、お湯が巡り始めます』

こんな風になんでも説明してくれる人が出てくるなんてなんて便利な世の中だ、と思いつつ、こんなんで本当に直るのかと疑いが拭えない。

スイッチ部分の蓋を開けてみると、確かに、ボタンとなる部分の突起は埋まったまま動いていない様子。直しようにも工具が無いので、『家庭の友』に駆け込んだが、なんでも売ってるはずのここに、ミニ工具セット みたいなものは置いてなくて、バラのみだった。

今度はBHVという、パリで有名な日曜大工の店に行ったが、私は気付いた。『家庭の友』はコンビニ級の狭さの中に100均と東急ハンズが入ったような店なので、あの店に無いものは他の店にも無いことを。

おとなしくいつも通り家庭の友に戻ろうと思った矢先、フラッと立ち寄ったIKEAで、まさに理想の工具セットが安く売っていた。100均の無いパリでは、私はいつも何か欲しいものがあると家庭の友かIKEAに救われている。

そこで工具を手に家に帰り、騙されたと思って動画の通りにトントンとスイッチレバー付近の配管を叩いてみた。するとその数秒後には、ラジエーターがほんのりあったかくなってることに気付いた。 

え? ただ叩いただけなんですけど。まだスイッチボタンは閉まったままですけども。

寝てたの?魅惑のチキルーム?ホセ?

これはいける予感がする。
私は動画解説の通りに、ボタンの突起をペンチで挟んで引っ張ってみた。すると、伸びた! そして、鍵の時に役に立たなかったクレ556的なオイルを挿したら、プスプスとバネのようにボタンは生き返り、上下した。

その直後にラジエーターはぐんぐんあったかくなっていった。お湯が回ったのだ。

嘘みたい。ギャグ? なんなの このツンデレな国。

そして自分で解決するとか自分で直すってめちゃくちゃ嬉しいんですけど。

私にはこのアパートがフランス社会そのものに思えた。

見た目はかわいい、おしゃれポイントも多い。古くって、味があって、そして壊れてたり、日本のようにすぐうまくはいかなかったりする。クセもある。でも諦めなければなんだかんだと最後は必ずうまくいき、そして散々そのツンデレに振り回されてるわりには最終的に何倍も嬉しい出来事となって返ってくる。

その頃にはだいぶ経験値が増えて愛着が湧いている。

フランス人は、みんななんでも自分で直すし、男女関係なく日曜大工をめちゃくちゃするので、そういうお店は充実している。ペンキやドアノブの種類もたくさんあって、見てるだけで楽しい。

多少の不具合はお手のもの。新しいものを作る方が簡単かもしれないけれど、古いものを大事に直しながら使う社会が私は好きだ。

ビザ、仕事、学校 一見悩みは尽きないが、やっぱりそれを楽しんじゃっている自分がいる。

いろいろあったけどここまでは難なく切り抜けている。だからこれからも大丈夫な気がする。

というか楽しむしかないでしょう。

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