『往復書簡』(仮)36復信
Sさんへ
こんにちは。
写真をありがとう。抽象画の方は屈託のない無邪気な絵だと思った。何にでも意味を求める癖がある僕だけど、それを封印して眺めていたら、楽しそうにアクリル絵具と戯れるSさんの顔が浮かんできた。まあ小学生のままだけれど。
滝の絵の方は、みんなにほめられたということがよくわかった。
Sさんは決して絵が下手というのではないと思った。特に色というか光に対する感覚を大切にしたいんだろうって感じた。
僕の同級生にも絵の方へ進みたいと言っている奴がいるけれど、僕はそいつの絵に魅力を感じない。テクニック的には群を抜いているからきっと美大へ行くだろうが、大学に入れば同じ程度の人間はゴロゴロしているだろう。そこで奴がどう変わるかには興味があるけれど、美術教師に収まる気がしている。まあ、その程度には力があるということでもあるけれど。
人生、何があるのか本当にわからない。僕の家にもちょっとした変化があってね。Sさんには理解できないというか、受け付けない類いの話だと思う。
簡単に書くと、父親には長年愛人がいてね。僕と同い年の娘、と言っても半年僕の方が上だから、異母妹がいることがわかってね。よく今まで僕ら兄弟に知らせなかったと思ったけれど。
その相手の女性が病死して、その異母妹をうちに引き取ることになったんだ。だから今までほぼ三人で暮らしていたものが、父親もずっといるようになって、五人の奇妙な生活が始まった。
不思議なのは、母親が別人のように元気になってね。妹のことをとても可愛がっている。父親に対しても、初々しい少女のような微笑みを向けるのを見て、女性というものがさらにわからなくなった。兄も妹にいろいろ気を使っているのがわかる。僕は初めて会った時から、妹から発せられる悪意のようなものを感じて、できるだけ関わらないようにしている。
僕は自分の部屋に鍵を付けた。それを母親にひどく非難されてね。お互い家族という逃れられないものに翻弄されている訳だけれど、その中にも学ぶべきものはあると感じている。
ではまた。
T
#小説 #書簡小説 #手紙 #手紙小説 #往復書簡 #往復書簡小説 #掌の小説 #短編 #短編小説 #コミュニケーション #コミュ障 #文通 #理想の文通 #リアリティなんていらない