見出し画像

異端児sewerslvtと彼女が残した功罪(4)(終)

そもそもブレイクコアってなんだっけ

唐突ですが、皆さんの好きなブレイクコアアーティストは誰ですか?私はRuby My Dearです。goreshitも最近人気ですよね。色々挙げてみていくとsewerslvtだけ突出してスタイルが違うことに気づくと思いますが、彼女の場合あまりブレイクを刻みません。そしてまさにこのことがアンチあるいは原理主義者の気に障ります。彼女は自身の曲にdepressive breakcoreというジャンル名をあてていますが、ブレイクを刻まない物はブレイクコアとは言えないという価値観ゆえに彼女はまさに「異端」という扱いを受けてしまいます。これは一理ある主張で、実際定義上sewerslvtの曲はアトモスフェリック・ドラムンベース(atmospheric drum'n'bass)にあたるのでブレイクコアかといわれると疑問が残ります。そして彼女はこの命名の後、Draining Love Storyでとんでもない人気を得てしまいます。これによって起こったのがジャンルそのものの革命で、それはつまりsewerslvtスタイル=ブレイクコアという認識の浸透です。アーメン鳴ってるだけでブレイクコアになってしまうわけです。これはよくskrillexがダブステップに与えた影響と同じだ、という人も多くいるのですが…。
それに際して、界隈は引退した彼女をついにはその為人だけでなく、曲自体をも火にくべることでブレイクコアの歴史から抹消しようとしたのです。

「ブレイクコアはsewerslvtの手によって殺された」

彼女の「新ブレイクコア」の普及はTikTokやSpotifyを通じてさらに浸透が加速しました。特に若い世代の人たちはそのような媒体でブレイクコアを知ることとなり、discordサーバーなどで「好きなブレイクコアアーティストは?」と尋ねられると"sewerslvt"と健気に答えます(もちろん彼女の素性を知るはずもありません)。これがどれだけのドボン回答なのかは今までこの記事にお付き合いいただいた方はわかると思います。

この世にTikTokなんかない方がいい

しかもブレイクコアはその特性上、無断サンプリング全然ありの代わりに収益を得ませんという暗黙の了解が根底にあるジャンルですから、それでお金を稼ごうとする自体ちぐはぐな話なのです。よって彼女のしている行動はまさに「ブレイクコアの名を借りて、質の低い音楽を量産しお金を稼ぐ」というものに他ならない、そう人々の目には映りました。「ブレイクコアは殺された」、我々はもともとの価値観を取り戻されなければならないというブレイクコア十字軍にとって彼女の引退はまたとないチャンスでした。しかし彼らには誤算がありました.…

「クローン」の時代(ポストsewerslvt)

彼女の「ビジネスモデル」には乗っからないにはもったいないほどの可能性がありました。なので引退後、彼女の「遺志」を引き継ぐ人が現れても不思議ではありません。しかし今やdepressive breakcoreは「お金の生る木」(確かにdepressiveのコンテクストを追うのにはこの書き方が全く十分でなく、ほんの一部でしかないのはここで断っておくべきでした。)ですから何十何百と彼女のスタイルを真似したアーティストが量産されるようになります。上述した通り、彼女のスタイルはブレイクを刻みません。よって適当なシンセパッドに適当なブレイクをコピペするだけでなんだかsewerslvtっぽくなるという画期的な発見がなされたことで誰でもその世界観を引き継ぐことが可能になってしまいました。もちろん中には独創性を発揮しようとする人たちもいます、しかしながら一方でお金や人気のためにやる人も多くブレイクコア界隈はまたしても混乱を極めます。

Harmful Logic:「今の所謂ブレイクコアシーンのおかげでどれだけ俺が利益を得たかはどうでもいいよ。もうダサいしくそなだけだからただ早く廃れてくんないかなと思ってる。みんな原点回帰しないと」
Temma:「最近の人たちみんな実験とか独創性に対して拒絶反応でもあんのかっていう」
Harmful Logic:「それな」

特にsoundcloudでブレイクコアタグを漁るリスナーは上記のような愚痴を垂らすほどクローンの量産型ブレイクコアには飽き飽きしている模様。さらにHarmful Logicは様々なアーティストを巻き込むツイートを投下します。

sewerslvtクローンたちよ、くたばってくれ。お前らつまらないしシーンになんの貢献もしてないよ、しょうもない

(追いツイート)
正直これはちょっと言い過ぎた。論破されちゃった俺のことなんか気にせずに、作りたいもん作ろうぜ(*10/19 この箇所を誤訳してしまったので直しました。すみません。)

これには結構賛否両論があったのですが焦点は、別に作りたいなら作っててもいいのではないかという点にあったのでやはりsewerslvt及びその「クローンたち」がのけ者扱いされていることに変わりはありません。
いずれにせよ、引退したことで彼女の時代は終わったかと思いきや、そのスタイルを真似る人が大勢出現したことでかえって「新ブレイクコア」がブレイクコアの一つとして定着してしまったというのが現在の流れです。

今後

一世を風靡したsewerslvtは決して最初から引退するまでいい意味でその名を轟かせたわけではありませんでした。彼女はあらゆるいがみ合いの種を残して姿を消して、それらは彼女のクローンと呼ばれる形で発芽しました。それには行き場を失ったsewerslvtファンの需要があったからでもありますが、やはり上に挙げたような独創性を求める流れが強くなる中で今後どうなっていくのかは私にも正直よくわかりません。私たちはいわゆる「新ブレイクコア」と共存すべきなのか、はたまた一部海外勢のように分断を図るべきなのかという選択…。
一方で日本のコミュニティではこんな政治的な選択なんて迫られないし、sewerslvtをディスれば拍手喝采、なんて風潮はありません。好きなスタイルが好きなだけで別に誰もそのことに口出ししません。アルバム買っていても冷ややかな目では見られないと思います。私たちが平和ボケしているのではなく海外の人が血気盛ん過ぎるだけなんじゃないかと思いますが、いずれにせよこんなくだらない争いが日本の界隈では流行らないでほしいというのが私の願いです。

※おまけ 

sewerslvt難民のみなさんに彼女の悲哀な世界観を引き継ぎつつ「クローン」とは言わせないアーティストをご紹介します。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?