インドの果ての深夜喫茶

もう何年も外国へは行っていませんが、日々仕事と家庭の生活にひたっていながらも、二十歳過ぎの頃、幾度となく異国のへんぴな村を旅した記憶がよみがえってきます。

西インドの果ての村を目指して深夜バスにゆられ、ふと気付くと乗客は僕一人になっていました。深夜3時、訳のわからぬうちに下車させられ、バスは過ぎ去り、僕は真っ暗な道で一人、寒さをしのぐために毛布をかぶって突っ立っていました。

宿をさがそうにも、明かり一つ見つからず、どうしようかと頭を抱えていたとき、はるか向こうに、小さな小さな光をみつけました。

ゆっくりと近づいて見てみると、それは、チャイ(インド風ミルクティー)の鍋を沸かす炎でした。掘っ立て小屋の中で、オヤジが黙々とチャイを煮立てています。僕は一杯、注文しました。

おちょこほどの小さなコップで香ばしいチャイをすすりながら、この一本道しかない場所で、こんな真夜中になぜチャイを売っているのだろうと考えていました。

数分後、ここがバスの終着点だから、という当たり前のことに気づきました。終点で降りてきた乗客が家へ戻るわずかな時間のために、ここにチャイ屋があり、この深夜に鍋を煮立てて待っていたのです。

あのときのチャイの味は、旅の味わいそのものでした。

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