大塚ジヴォン

オンラインストアとケータリングで活動する、店舗を持たない流浪のコーヒー店、カフェソード…

大塚ジヴォン

オンラインストアとケータリングで活動する、店舗を持たない流浪のコーヒー店、カフェソードフィッシュの代表。 服を作ったり、ウクレレを弾いたりもしています。 ここに置いてあるのは、過去の私が書いたショート・ストーリー。楽しんでいただけましたら。

マガジン

  • ジズス

    フィクション。シリーズ。閲覧注意。未完。

  • あの音楽を聴きたくなる短編小説

    音楽から着想を得て書いたショートストーリーズ。あなたも聴きたくなってくれたら、とてもうれしい。

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あの音楽を聴きたくなる短編小説1

我らをゆるしたまえ -Forgive Us- (1)  その日は土曜日だったが、マキシンはこれがニックと過ごす最後の週末になるだろうと思っていた。  二人ともこれからのことを思うと気が滅入るのだが、やけになっているニックと違い、どちらかというと楽観主義であるマキシンは差し当たって次の行動に考えを巡らせていた。 「そうだわ、ニック。天気もいいことだし、車で海まで行ってみない?」  マキシンがキッチンから声をかけたとき、ニックは洗面台で手を洗って

    • ジズス(7)

      生い茂る若葉は、差し込む日の光を透かして輝いていた。 その枝と枝の間に張られた小さなクモの巣に、丸い水滴が転がっている。 美しい夏の午後。 幼い私たちは、自分の身の丈ほどの生い茂った草木をかき分けて歩いている。 私は彼女の手をとって歩く。息が荒い。 赤いリボンを結んだ麦わら帽子と、白い麻のワンピース。 ハンカチで汗を拭いてやり、大丈夫かいと問う。 彼女は声も無く、ただ頷く。 短い夏を楽しむために、ヘレナと計画していた森へのピクニック。 反対していた大人を説得

      • ジズス(6)

        いつものように、ヴィゴの部屋から女の声が聞こえていた。 ヴィゴの元に集められた女たちは、まず、彼の査定を受ける。 常連向けのお披露目会に向けて、連日、彼の部屋には女たちが届けられていた。 仕事で訊ねたいことがあったが、自室に戻って扉を閉めた。 夜中に、車が出て行く音で目が覚めた。ヴィゴは出かけていったようだった。 水を飲もうと起き上がると、ヴィゴの部屋のドアが開いているらしく、廊下に女のすすり泣きが漏れ出ていた。 私は戸惑い、しばらく部屋でじっとしていたが、押し殺したよう

        • ジズス(5)

          私がヘレナとの距離に身を焦がしている頃、兄のヴィゴは闇の世界で生きていた。 学校を早くに辞め、母の制止を振り切って家を出たヴィゴは、生きるために法に触れる仕事に手を染めた。 若いながら彼は、彼の躊躇のない暴力に引き寄せられる不良たちをまとめあげ、街の顔役のひとりになった。 たまに会うヴィゴの目は、澱をたたえて赤く濁り、その視点は常に定まることがなく、彼の日常が緊張の連続であることを伺わせた。 それでもヴィゴは、私に優しかった。真新しいシャツや箱入りの鉛筆を買い与えてくれ、

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        あの音楽を聴きたくなる短編小説1

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        • ジズス
          7本
        • あの音楽を聴きたくなる短編小説
          7本

        記事

          ジズス(4)

          ヴィゴが先に学校へ行き出してから、私にひとりだけ親しい友人ができた。 道向かいのパン屋の娘で、名をヘレナといった。 短い髪の、ひとつ年下のヘレナ。忙しい両親にかまってもらえない日の彼女は、私たちの部屋の窓をたたく。 その小さな手は、いつも水色の毛糸で編んだミトンで覆われていた。店のオーブンで負った、ひどい火傷の痕があったのだ。 体を隠さなくてはならないという点において、私たちは出会ったときから同志であった。 ふたりは時間を埋め合った。同じ絵本を何度も読み合い、道端の石を蹴

          ジズス(3)

          父のイゴールは野卑な性格で口数も少なく、仕事から帰ると酒を飲んで寝るだけ、といった生活をしていた。政治や読書やスポーツなどの多くの事柄と同じく、私たち兄弟にもまったく関心を持っていないようだった。 彼が私たちと接触してくるのは、母の体を欲したときだけ。 深夜、寝室のドアを手荒く叩く音。暗闇の中、そっと部屋を出ていく母。 私にとっては腐っても父親であったが、兄にとってイゴールは、愛する母を苛む、不潔すぎる害虫であった。 兄の憎悪は黒い炎となり、その熱は彼の内側を日に日にた

          ジズス(2)

          幼い頃、私は常に4歳上の兄、ヴィゴと一緒だった。 ヴィゴは私のことをジズーと呼んだ。それは私が赤ん坊だった頃から、彼だけが使っていた呼び名だった。 私の持ち物は、着るものであれ、おもちゃであれ、すべて兄がくれたお古だった。 私の湾曲した腕を隠すために、彼は自分の長袖のシャツを着せ、袖の長さを、拳が隠れるくらいに調節しながら言った。 「いいかい、ジズー。この袖をまくってはいけないよ。天使様が自分の羽だと思って、お前の腕を持って行っちゃうといけないから」 彼はやさしく微

          ジズス(1)

          マレーンの最初の夫は、戦争で南に行ったまま帰って来なかった。 彼女は生まれて間もない男の子を抱え、不安のうちに、鉄道会社で働く独り暮らしの叔父を頼った。 ごく狭い寝室と、わずかな衣食を得る代償として、マレーンはそのやせ細った体を提供することに同意した。 たぎった欲望を昼夜の境もなく注ぎ込まれ、やがて彼女は身ごもった。 風の強い新月の晩に生まれた男の子は、背中一面に生えた獣のような太い毛と、いびつに曲がった二本の腕を持っていた。 彼につけられた名前は、ジズス。 この

          あの音楽が聴きたくなる短編小説7

          黄昏は朱く燃えて -Sunset Glow- (1)  私の父、ハワードのことを振り返って真っ先に思い出すのは、バンパーの曲がった車から漂う油の匂いと、彼のさみしそうな笑顔のことだ。  父は結婚する前からずっと土木現場で働いていたのだが、私が小学校の高学年になったあたりで体調を崩し、仕事を休みがちになっていた。月に何度かは病院へ通い、朝、元気に出勤したかと思えば、青い顔をして昼過ぎに帰ってきたりした。夕飯前に仕事から戻った母が、ポーチに脱ぎ散らかされた泥だらけの作業ブーツ

          あの音楽が聴きたくなる短編小説7

          あの音楽が聴きたくなる短編小説6

          口唇の荒れた女 -Her Chapped lips-  仕事帰りの乗客のため息で満たされた夜のバスの車内は、水槽の中にも似た青い光が沈んでいた。窓ガラスの向こうの暗闇に、電球で囲まれたガソリンスタンドの看板が小さく揺れていた。  私の隣りの席の女からは濃密な夜の匂いがした。オイルを塗ったかのように光沢のある黒い肌と黒い髪。大きな目をさらに誇張する原色のアイライン、張ったほお骨にラメのはいったチーク。ノースリーブのショッキングピンクのシャツの胸元がVの字に開き、胸の谷間があ

          あの音楽が聴きたくなる短編小説6

          あの音楽が聴きたくなる短編小説5

          甘いミルクと シナモンシュガー -Forget all- 「太陽が昇ったからと言って、ベッドから出なければならない法はない」  十九世紀の詩人オズワルド・ホーンズビーが自宅のトイレットペーパーに書き記した言葉だが、実際のところ彼はそのころ鉄道会社に勤めていて、週の半分は日の出とともに起き、十キロ先の仕事場まで重いワークブーツを引き摺りながら出勤していた。  時は流れて二十世紀半ばのある朝、モーテルの一室。ダニー・マクベインはベッドではなく、毛のまばらなカーペットの上でそ

          あの音楽が聴きたくなる短編小説5

          あの音楽を聴きたくなる短編小説4

          ドゥ・ユー・リメンバー・ミー? (トム・ウェイツに捧ぐ) -Do you remember me?-  重たい赤褐色のドアを押し開くと、開店直後の店内はまだ前日の淀んだ空気をはらんでいた。薄暗い照明、天井で回る大型ファンのめまいにも似た振動。ほこりをかぶったエアコンはハーモニカのような吹き出し口から、生ぬるく、ヤニ臭い息を吐き出している。  男は足を引きずるように店内へ入ると、カウンターの店員に一瞥をくれ、何を言うでもなくその前を通り過ぎ、入口から一番遠い角の席を今夜の

          あの音楽を聴きたくなる短編小説4

          あの音楽を聴きたくなる短編小説3

          光について -Into The Light-  オレンジ色の外灯の下、胸に手を当てたビル・アシュレイは、長らく訪れることの無かったその店の、あの頃より少しだけ古びたドアの前に立っていた。  それは数年前のこと。ランチを共にした音楽好きの同僚が、サンドウィッチのツナをこぼしながら言った。
 「すげえシンガーを見つけたんだ。今晩ライブがあるんだけど、一緒に観に行かないか」  その週に大きめの商談を控えていたことあって、夜の、それも月曜日からの外出にあまり乗り気でなかった

          あの音楽を聴きたくなる短編小説3

          あの音楽を聴きたくなる短編小説2

          旅人たち -Our Journey-  郵便受けをのぞくと、今日もアニーからの手紙が届いていた。夫あての手紙と一緒に家に持ち帰り、封を開けて四つに折られた便せんを開いた。中にはさんであったのは、うすい紫色の小さな押し花。彼女はまた私の知らない街を訪れているらしい。  学生時代からの親友であるアニーからの手紙が、この数年来の私の楽しみだった。生まれ育ったこの街から出たことのない私は、いつもの変わらない毎日を過ごしながら、度々届くアニーの手紙を読むことで彼女と一緒の旅を夢想し

          あの音楽を聴きたくなる短編小説2