『膝枕廃人浜助寿司配段(ひざまくらはいじんはますけすしくばりの段)』(原作:古典落語「芝浜」膝&ピザ入れ:今井雅子 江戸前寿司入れ:関成孝)
はじめに
膝フェスで初登場してから、ずっと人気の高い演目となっている「ピザ浜」(原作:古典落語「芝浜」 膝入れ:今井雅子)。落語ネタを現代の話に置き換えてアンユイに語るのが魅力ですが、現代ネタをお江戸話に替えるという無謀な試みをやってみました。題して、『膝枕廃人浜助寿司配段(ひざまくらはいじんはますけすしくばりのだん)』(原作:古典落語「芝浜」膝&ピザ入れ:今井雅子 江戸前寿司入れ:関成孝)
読まれる際に、読みやすいように変えていただいて構いません。その際に、後述の解説を参考にしていただくとよいと思います。読まれる際には、ご一報をいただけますと嬉しいです。
解説
今の生活ぶりが背景となっているピザ浜のネタは、直ちに江戸話に変換できるものではありません。スマホを充電器に置いて充電するところからいきなり難題となります。そこで、スマホやインターネットは、江戸時代、新しい情報を入手する重要な手段であった瓦版と置きかえたうえで、瓦版らしいネタを入れています。膝の上でネタをねっていると言い訳した浜助への返しは、「土でも捏ねる」、つまり、粘土から瓦を造ることに例え、楓さんの作である『陶芸家から見た膝枕』を連想させています。また、現代風のとりとめのない日常会話に多少のまとまり感を作るため、導入部分では、膝のぬくもり、肌のぬくもりをキーワードとして使い、ぬるま湯っぽい感を作ってみました。また、瓦版は井戸端会議のタネでもありました。ネット上での盛り上がりは、江戸の当時の井戸端会議に例えられると思います。レスはリアルタイムにはなりませんが、瓦版はタイムリーに続編が刷られていたと思います。
さて、半時稼いで三十文というと、現在の貨幣価値で時給750円程度のようです。「膝話」に馴染む三十という数字を大切にしましたが、適当な数字をつかっていただければよいと思います。一時(いっとき)であれば二時間分です。一両は、現在の貨幣価値で十万円程度と言われていますので、百三十両は1300万円となり、ピザ浜の十倍の額となります。が、もとの『膝浜』が百三十両ですのでそちらに合わせています。
百三十両を拾った後に、浜助が遊びに行こうと言った場所である日本橋には、今も三越のすぐそばで神田川の南側に榮太郎が喫茶・軽食のお店を営業しています。また、そのすぐそばには、江戸三大呉服店の一つの白木屋(しろきや)があって、百貨店(デパート)の草分けでした。『ピザ枕』でもデパートが登場しますのでふさわしいですよね。白木屋は後に東急百貨店となりましたが1999年に閉店。跡地は、現在のコレド日本橋となっています。
江戸時代で日本橋にほど近いところで庶民の娯楽の場となっていたのは、人形町であり、歌舞伎や人形浄瑠璃の芝居小屋や茶屋がならぶ街でした。浜助とお久はこのあたりの芝居小屋にプロモーションをかけたのでしょう。また、旧吉原も人形町にありました。その後、浅草の北方に移転しています。『文七元結』に出てくる吉原は、この浅草北方の方が地理的にしっくりきます。品川宿は、現在のJR品川、京急北品川よりも南の旧街道沿いに位置し、東海道の最初の宿場町で華やいだところでした。また、江の島は、大山参りとセット(大山が男神、江の島は女神(弁財天))で訪ねられる場所であり、江戸時代の庶民の楽しみの旅行先です。お伊勢参りは、当時としてはハワイ旅行くらいの遠さとエキゾチックなものがあったのではないでしょうか。
人形浄瑠璃とは、太夫が謳う浄瑠璃に合わせて操り人形を遣う演劇ですが、世界ではほとんどすべての人形劇が子供向けであるのに対して、人形浄瑠璃は大人の娯楽です。文楽とも呼ばれるのは、この人形浄瑠璃で有名な座の一つで大阪の「文楽座」から来ているから(大正期以降、文楽座が一定規模以上の人形浄瑠璃の公演を行う唯一の公演団体となった)ですが、徳島、淡路から全国に普及しているものは、「文楽」ではなく「人形浄瑠璃」と言われています。近松門左衛門の頃は、人形は一人遣いでした。辻村寿三郎さんが遣う人形のイメージでしょう。その後、三人遣いとなり、人形が大型化し動きも高度の演出ができるようになっています。人形浄瑠璃、歌舞伎の間では、どっちかで流行るものはもう片方でも演られており(ご関心があれば、ぜひ、大島真寿美さんの直木賞受賞作『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』をお読みください)、まったく同じものではないにせよ両方に共通する演目は多数あります。また、お武家様の嗜みであったお能の演目(曲)から取り入れられたものがいくつもあります。なので、床本作家がこれらの三者への展開をにらみながら作品を作ることは十分にあるのではないでしょうか。
百三十両が手元にあることをお久が告白する前のやり取りの中で、「赤」から始まる「色言葉」遊びは、ピザ浜では、脈絡なくいろんな言葉がポンポンと出てくるところが面白さとなっていますが、その軽快さを江戸話で作りこむことが容易でありませんでした。ですので、全体としてのまとまり感を作り、そこから連想が膨らむように「男女の色恋沙汰」を通しのテーマとしています。赤福から連想されるお伊勢参りに、誰を連れてった?と焼きもちを焼くところから始まり、赤ちょうちんでも女将への浮気を勘ぐらせ、トゲの多いお久の言葉を「情愛」を象徴する赤い薔薇に例えたうえで、「心中もの」に繋げました。そのあとにくる、『赤と黒』はスタンダールの名作で、これは不倫話です。「赤」が聖職・僧侶、黒が貴族・騎士を象徴していますので、それにつなげるように「武家屋敷」を前に登場させ、それにかかる「赤門」(旧加賀屋敷御守御門)、「赤坂」「青山」(いずれも代官屋敷のあったところ)を使いました。これに対比させる場所として、庶民的な匂いがする「赤羽」を使いました。ただし、江戸時代の赤羽は岩槻街道筋の集落にすぎず、栄えていたのは赤羽北東の荒川に面した宿場町である岩淵でした。
なお、「心中もの」の返しに「柳の下にどじょうが何匹いるとおもってんだろうね。床本書きの妄想力、たいしたもんだぁ」とのくだりは、浜助と当時の作家の両方を揶揄しています。『曽根崎心中(そねさきしんじゅう)』、『心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)』など、当時、心中ものは人気があり多数の作品がありました。それらが、現実の心中を誘発したということで、享保7 (1722) 年には心中物禁止令が出されるほどでした。
ところで、洋物を想起させる「薔薇」と「バテレン話」は、最後の、「カステイラ」と「ピザ」が唐突と感じないような伏線としても使っています。
7月13日(水) 八本信平さんとComariさんによる掛け合いでの編集とご指摘を受けて、テキストを3か所変えました(時給三十文→半時稼いで三十文。赤ちょうちんのところで「いいおねえちゃんがいるんじゃ・・」→「女将にうつつを抜かしているんじゃ・・」、と吉原への言及)また、の主婦子さん、こたろんさんの掛け合いでのご指摘を受けて、暇→暇(膝)と修正してあります。ありがとうございま膝。
膝枕廃人浜助寿司配段(原作:古典落語「芝浜」膝&ピザ入れ:今井雅子 江戸前寿司入れ:関成孝)
語り「江戸の片隅に床本作家を目指す浜助という男がおりました。この浜助、ちかえもん大賞をとって売れっ子になり、歌舞伎座・文楽座にかかる人気演目を書いてやる、と夢みたいなことばかりほざいておりますが、これが口先だけのダメ男。当時、寿司配(すしくばり)といわれて流行っていた宅配寿司屋の下働きで知り合ったお久の家(うち)に転がり込み、ヒマさえあればお久の膝に頭預けて膝枕。ちかえもん大賞に専念すると言って寿司配(すしくばり)の下働きをやめたくせに、原稿は一枚も、いや一行も書けていない。お久の脛(すね)をかじり、膝に甘えるテイタラク。そうこうするうちに、年に一度のちかえもん大賞の締め切りが迫ってまいりました」
お久「浜助、あんた、いつまで私の膝で瓦板(かわらばん)見てるつもりなんだい?」
浜助「練ってんだよ」
お久「あんた、瓦なんか作れないだろ?」
浜助「瓦じゃねぇよ、大賞にだす床本のネタを練ってんだよ」
お久「膝枕してるだけだろ?」
浜助「お前の膝は床本(ゆかほん)のネタ温めるのにぴったりだよ。床本ってより膝本(ひざほん)だな」
お久「つまんない冗談言ってんじゃぁないよ。あたしゃね、店(たな)にいかなきゃならないんだよ」
浜助「おめぇ、今日は休んじまえよ」
お久「だったら、あんたから店(たな)の旦那さんに話とくれよ」
浜助「あの旦那ったら、おめえに気があるよな」
お久「あたしを行かせたくないんなら、あんたが行っておくれ」
浜助「俺がかよ?」
お久「床本(ゆかほん)書かないなら、稼いどくれ。半時(はんとき)で三十文」
浜助「シケてんなー。ちかえもん大賞とったらよ、百両だぜ」
お久「だったらさっさと書いたらいいじゃないか」
浜助「だからよぉ、今、ネタを練ってんだぜ」
お久「あんた、土でも捏(こ)ねたほうがましかもね。書かないなら、さっさと店(たな)に行きなよ」
浜助「だけどよ、仕事のやり方、忘れちまったぜ」
お久「寿司運ぶだけだじゃないか」
浜助「ふん、てやんでぇ、寿司ってぇのはなぁ、人肌じゃなきゃぁうまくねぇんだぜ。ただ、運んでりゃいいってもんじゃねぇんだよ。それよりもおめえの膝がいい。おめえの膝のぬくもりがいい。」
お久「つべこべいわずに、さっさといきな!」
浜助「うわ、蹴った! 膝蹴りかよ!」
お久「あたしゃ、行火(あんか)じゃないんだよ! 太もも充血しちまったし!」
浜助「ほんとかい? おぉ、ちょっくら見せてくれよ。その、充血した太もも」
お久「興奮してる場合じゃないだろ。膝しか目がないくせに。ほら、さっさといきな!」
浜助「わかったよ、行くよ。だけどよ、明日(あした)の売れっ子作家に寿司運ばせるのか?」
お久「自分を売り出してから もの言いな」
浜助「しゃあねぇ、行くか」
お久「お姐ーちゃんいる店に寄って来るんじゃないよ」
浜助「こんな時間に、お姐ーちゃんの店なんざ開いてるわけねぇだろう。だいたい、そんな銭、どこあるんだ。おぃ、かえってきたら、膝枕してくれるかい?」
お久「いいからさっさと行きな!」
浜助「(歩きながらブツブツ)器量良しだが、キっツイんだよなー。あんな張り切って追い出さなくてもよぉ。(ハッ)おぃ、まさか、俺に働きに行かせて、男としけこむつもりじゃねぇだろな。店(たな)の旦那か? はー。あいつが浮気してる間に、なんで寿司もって回らなきゃいけねぇんだよ。半時(はんとき)働いて三十文? 床本書いたらいくらだぃ? 大賞とりゃ百両だぜ。あれ? 店(みせ)の中が暗いな。貼り紙になんか書いてあるぜ。店閉(みせじま)い? おい、マジか。だったら、吉原に、といっても、まだお姐ぇのいる店開いてないし、行く銭はないしな。 縁結び神社に 願掛けでもしにいくか。(柏手を打ち)お金にご縁がありますように。 ん? な、なんだ、この皮袋?」
語り「神社に落ちていた ずっしりと重みのある皮袋を拾い上げた浜助。そこに『膝枕』の文字を見つけると、思わず『枕!』と叫ぶなり、皮袋を小脇に抱え、一目散にお久の家(うち)へ舞い戻ります」
浜助「(ドアをバンと開けて)おい、お久!」
お久「何だい? もう戻ってきたのかい?」
浜助「お前、やっぱり連れ込んでるな?」
お久「はぁ? そっこら中にあんたの匂いが染みついた部屋に、誰連れ込むってのさ?」
浜助「だよな」
お久「ねえ、あんた、店(たな)には行かなかったのかい?」
浜助「いいから、ちょっとこの皮袋見ろよ」
お久「何これ?『膝枕問屋』の印(しるし)がついた皮袋。あんた、ほんとに膝枕のことしか頭にないんだね」
浜助「いいから、見てみろ、中を」
お久「うわ、小判がいっぱい! ピッカピカ!」
浜助「あるところにはあるんだな。おぃ、いくらあるか数えてみろやい」
お久「一枚〜、二枚〜、三枚〜、四枚〜」
浜助「おいおい、番町皿屋敷かよぉ」
お久「十、二十、三十、四十……百三十枚!」
浜助「百三十枚。百と三十でヒ・ザ」
お久「あんたさぉ、そりゃ、ダメだよ。いくら賞金の百両がアテにならないからって、店(たな)のお金くすねちゃダメ」
浜助「ふん、てやんでぇ。あの店(たな)にこんな大金あるわけねぇだろ。神社で拾ったんだよ」
お久「あんた、このお金どうすんだい?」
浜助「そりゃ使うだろ」
お久「くすねんのかい?」
浜助「俺が拾ったんだから」
お久「落とした人が困ってるんじゃないかい?」
浜助「俺たちだって困ってるじゃねえかよ。おまえ、今月の家賃どうするんだよ?」
お久「もうすぐお給金入るだろ」
浜助「あ、そういや、店(たな)、たたんじまってたぜ」
お久「本当かい? あーあ、取りっぱぐれちまったか。また探さないと」
浜助「だからよ、この百三十両がありぁ働かなくっていいんだよ。久しぶりに品川か江ノ島にでも行くか。いや、いっそお伊勢さまで膝枕」
お久「ちかえもん大賞どうするんだい?」
浜助「いいよ来年で。今年は百三十両あるってんだから」
お久「それ、あんた、てめえさんが稼いだお金じゃないだろ?」
浜助「わざわざ店(たな)まで行って、わざわざ神社に立ち寄って、てめえの足で稼いだ金だよ」
お久「浜助、あんた、道理を曲げるのは神技だね」
浜助「お久、おまえ、昔から俺の才能見抜いてたもんな」
お久「別れよ」
浜助「え?」
お久「別れたほうがいいよ。あたしといると、あんた、どんどんダメになる」
浜助「ダメになってねぇよ」
お久「覚えがないんだねぇ、こりゃますますダメだ。はー、見る目なかっね、あたし。」
浜助「あるよ。俺、顔見世興行、じゃねえか、膝見世興行の大切(おおぎり)でつかう床本(ゆかほん)書くしよ」
お久「いつ?」
浜助「いつか」
お久「あたしゃね、ほんと 浜助に才能あるって思ってたんだよ。仕事の休みの間に聞かせてもらった話、すっごく面白かったよ。歌舞伎になったらいいなって思ってたよ」
浜助「おいおい、全部、今じゃなくて昔話かよ」
お久「だからさ、応援してたんだよ?それがなんだい。勤めやめて、あたしの膝枕でダーラダラ、ダーラダラ」
浜助「ダラダラしてるように見えて、ネタを練ってんだって」
お久「そりゃ、もう、聴き飽きたよ。カラクリ膝枕を買った男が、自己肯定感爆上がりして、人気が出たら、生身の女の膝枕と二股して揺れて、最後は膝枕廃人になっちゃう話だよね。どっからこんな発想出てくるんだろって感心したけどさ、なーんだ、書いてる本人のことじゃないかい。膝枕廃人!」
浜助「違うだろ。ネタ考えてたんだ。寿司ネタ、じゃなくって、膝ネタ」
お久「どうせ下ネタだろう。そういうセコいとこ、ほんとにやだやだ。あたし、やっぱり、おいとまをとらせてもらうよ」
浜助「わかったわかった。じゃあ、別れる前にもう一回、なぁ、いいだろう?」
語り「別れ話を切り出されても受け流し、これで最後と膝枕をせがむ、どうしようもない男、浜助。そのままお久の膝でぐっすり眠って、高いびき。その、あくる朝」
浜助「よく寝たー。お久、朝どこ行く?」
お久「どこって?」
浜助「おぅ、日本橋へぶらりと。榮太郎茶屋とか行かねぇか? ついでに、白木屋(しろきや)に行って服でも買うか?」
お久「あんた、そんなお金どこにあんの?」
浜助「あるじゃねえか? あの百三十両」
お久「百三十両って何?」
浜助「とぼけんなよ。俺が、昨日、神社で拾った皮袋」
お久「浜助、あんた、昨日、神社なんか行っちゃいないよね?」
浜助「何言ってんだい? おめえの代わりに店(たな)行ったらつぶれちまっててさ」
お久「ずっとあたしの膝枕に頭預けてて、起き上がらなかったよね?」
浜助「えっぇ、そうだっけ? ううん、違うぜ。確かに拾ったよ。おめえも喜んでたじゃんか。番長皿屋敷のように小判を数えてたじゃねえか?」
お久「それ、あんたの妄想だよ」
浜助「妄想?」
お久「ちかえもん大賞の百両をとれそうにもないもんだから、銭が落ちてたらなあって、甘いこと考えてたんだろが。この妄想ぼけが!」
浜助「妄想じゃねえよ。はっきり覚えてる。膝枕問屋の印(しるし)がついた皮袋」
お久「ほら。それ、膝枕のやりすぎだって。百三十両っていう中途半端な数も、どうせ、百と三十で ヒザの語呂合わせだろうが。なり損ない物書きのダジャレなんか、ネコにまたがれるよ」
浜助「ほんとに何も覚えてねぇのか?」
お久「なかったこと、どうして覚えてんだい。こりゃ、やばいねぇ、浜助。膝枕のしすぎで、頭ん中で縦のものが横になっちまってグッチャグチャなんだろ。現実と妄想がごっちゃなんだろさ」
浜助「マジか。じゃあ、俺と別れて里(さと)に帰るって言ってた、あれも妄想だったんだ?」
お久「それは言ったよ」
浜助「そこだけは本当なのか」
お久「さっきまでちょっと迷ってたけどさぁ、今の話で吹っ切れたよ。やっぱりあたしがあんたをダメにしちゃってる。里に帰って見合する。いいかげん、所帯持たなきゃね。まともなおとこ見つけるわ。」
浜助「またまたー」
お久「あたしゃ本気だよ。この家(うち)引き払うから、荷物まとめきな」
浜助「やだよ。お久がいなくなったら、俺、死んじまうよ」
お久「あんた、いっぺん死んだほうがいいね」
浜助「引き留めてくれよ」
お久「ほんとめんどくさいね、あんた。同情引くために死ぬ死ぬ言うの、やめたら」
浜助「引き留めてくれないんだ?」
お久「好きにして。あ、でも」
浜助「でも?」
お久「浜助が死んじゃったら、浜助の頭の中にある物語も死んじゃう」
浜助「引き留めたくなった?」
お久「死ぬんだったら、それ置いて行って」
浜助「置いて行くって?」
お久「膝枕廃人の床本(ゆかほん)、書いちゃいな。そしたら読むから。読んで時々、あんたのこと思い出して偲んであげるから」
浜助「勝手に遺作にしないでくれよ」
お久「待ちくたびれちゃったんだよね。あんた、夢みたいなことばっかり言って、口先だけ、膝枕だけだし」
浜助「そんなことないよ」
お久「じゃあ、あんたが拾ったっていう百三十両、床本書いて稼いで、ホントのことにしてよ。そしたらあんたのこと信じるから」
浜助「いつまで?」
お久「そんな何年も待てないよ。来年の今日まで?」
浜助「一年待ってくれるのかい?」
お久「これで最後だよ」
浜助「わかった。俺、書くよ。今日から書く。ちかえもん大賞で賞金百両獲って、あと三十両、書いて稼ぐ」
お久「やっとその気になった?」
浜助「あー、でもダメだ。ずっと書いてなかったから、細かいとこ忘れちゃった。せっかく小ネタ思いついてたのに」
お久「あるよ」
浜助「え?」
お久「あんたから聞いた話、帳面つけてたよ。小ネタも全部」
浜助「お久〜〜〜〜〜」
お久「さぁ、あんたの本気、見せとくれ」
浜助「おぉ、わかった」
語り「心を入れ替えた浜助、まるで人が変わったように床本(ゆかほん)書きに精を出します。一幕(ひとまく)分を一気に書き上げ、ちかえもん大賞の締め切りの日が終わろうとする九(ここの)つの鐘が聞こえるなか、走って届けた床本のお題は『膝枕廃人浜助寿司配段(ひざまくらはいじんはますけすしくばりのだん)』、略して『膝配(ひざはい)』。これが一次選考、二次選考、最終選考を勝ち抜き、なんと大賞百両、は逃したものの佳作三篇のうちの一篇に入賞。祝宴では、旗振り役を買って出たお久が芝居小屋にせっせと売り込みをかけ、仕事がどんどんと、は入らなかったもののポツリポツリと舞い込んではボツになり、気がつけば、あの日から一年」
お久「一枚〜、二枚〜、三枚〜、四枚〜、全部で十三枚」
浜助「惜しい。あとひと桁」
お久「ちかえもん大賞で百両とってたら、大きい仕事が来て、超えてたかもね。百三十両」
浜助「きわものだからなー『膝枕廃人浜助寿司配段』。佳作に選んでもらえただけでも良しとしなきゃな。賞金三両。コツコツ書いて、あと十両。合わせて十三両。これが今の俺の限界だ」
お久「よく書いたね、この一年」
浜助「あぁ、ほとんどぼつになっちまったけどな」
お久「それでも書きつづけたね」
浜助「俺ゃ、なんの取り柄もないけどよ、おまえが俺の話、面白いっていってくれて、ちょいとは自信もったぜ。いつか、顔見世歌舞伎の大切(おおぎり)を書くなんていったけどよ、ほんとはな、おれの話をどっかの小屋がかけてくれて、おまえが喜んでくれたらいいなって思ってた。おまえにいいとこ見せたかったんだ」
お久「浜助・・」
浜助「大賞はとれなかったけど、佳作にはいって、賞金の三両で、お久が祝宴(いわいのうたげ)に着て行く服を買えてさ、宴席でふるまわた寿司 たらふく食って、おまえ、とっても楽しそうだった。綺麗だったぜ。『膝枕廃人浜助寿司配段』を書いてよかった。書いたから、今、ここにいられるんじゃないか。もっと書いたら、もっと違う景色を見れるだろうなって思った。『膝配』のこと書いてくれた瓦版読んだ連中がよ、面白いって井戸端で盛り上がってたものな。次の瓦版じゃあ、狂ってるけど面白いとか、これ考えたやつ、頭がおかしいんじゃないかとかも書かれたしな。褒められてんのかけなされてんのかわからねぇけどよ、お前も泣いて読んでたよな」
お久「泣いてた?」
浜助「泣きながらポツリと言ったのを聞いたぜ。やっぱ、見る目がないことはなかったって」
お久「聞かれちまってたのかい」
浜助「俺、書いててよかったと思ったぜ。お前の涙がなによりも嬉しかった。背中をおしてもらえたぜ。」
お久「浜助・・」
浜助「俺が本気出せたのは、お久、おまえのおかげだ。約束の百三十両には届かなかったが、『膝枕廃人浜助寿司配段(ひざまくらはいじんはますけすしくばりのだん)』を書きあげられた。膝枕しているヒマがあったら、一行でも書きたいとおもえるようになった」
お久「あのね、あんたさぁ」
浜助「(遮り)歌舞伎にまでもっていけなかったのは残念だったなぁ。たしかに、からくり膝枕の見せ方は難しいぜ。生身の人間でからくりっぽく演れる芸があるやつぁ、そうそういないしな。まじすぎるとかえって興ざめだしなぁ。中途半端にやると安っぽくなるもんなぁ。暇(膝)持て余して昼メロにはまる女房たちの心をつかむのは難しいもんだぜ」
お久「浜助、ちょっといい?」
浜助「(続けて)あ、でも、遣い方(つかいかた)でなんとかなるかもな。人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)はいけるな。幽玄の世界のお能の曲(きょく)もつくっちゃおうか。お武家さんがよろこぶかもしれねぇ。お屋敷に呼ばれたらおまえも誘うからよ。おまえのお里がどこか、教えといてくれよ」
お久「そのことなんだけどさ、あんたに言ってないことがあってねぇ」
浜助「俺に言ってないって?」
お久「あんたとあたしのこれからの話だよ」
浜助「ひょっとして、赤ん坊か?」
お久「赤んぼう?あんた、膝どまりじゃないか!」
浜助「おおっと、そっか。(ハッ)もしかして、他の男のとか⁉︎」
お久「他の男と? なにばかなこと言ってんだい? ま、赤といえば赤かもしれないけどね」
浜助「赤んぼうじゃなくて、赤福?」
お久「赤福?」
浜助「ほれ、お伊勢参りの土産だよ!」
お久「あんた、いついったんだい?だれと!」
浜助「なわけないだろう!それができるだけの金稼げてたら、こんな話にならないじゃないか!じゃあ、赤ちょうちん?」
お久「赤ちょうちん? あんた、どこでくだまいていたんだい? 女将(おかみ)にうつつを抜かしているんじゃないだろうね。」
浜助「なわけねぇだろう! おまえ、とげが多いな。赤い薔薇(バラ)か」
お久「なに、気障(きざ)なこといってんだい。」
浜助「心中(しんちゅう)ものかと思ったぜ。」
お久「おやおや、柳の下にどじょうが何匹いるとおもってんだろうね。床本書きの妄想力、たいしたもんだぁ」
浜助「赤ちゃんでもない、赤福でも赤ちょうちんでもない。だったらなんだ? 赤門……赤坂と青山……代官屋敷の色恋沙汰か!?」
お久「赤から青に色変わってるじゃないか」
浜助「わかった、赤羽か!」
お久「こんどはえらい庶民的だね。どっちかっていうと、黒、かな」
浜助「謎かけ? 『赤と黒』って、坊主とお武家かい? バテレンの話があったな。」
お久「浜助、これに見覚えない?」
浜助「赤じゃなくて、黒い革袋」
お久「膝問屋の印がついた革袋」
浜助「膝問屋……」
お久「中見てごらん」
浜助「うぉ、小判がざくざくこんばんわ」
お久「百三十枚ある」
浜助「百三十枚? ってことは、俺が拾った革袋……?」
お久「そう。一年前のあの日、あんたが私の代わりに店(たな)に行った。その帰り、神社で、この革袋を拾ったね」
浜助「やっぱりなぁ。あれが妄想なわけねぇよな」
お久「あの日、私も舞い上がったちまったよ。 これだけの銭があれば、ためてた家賃をきれいにできるってさ。でもさ、すぐに怖くなったちまったよ。 良くないお金かもしれないじゃないか。あんたがいつか床本書きとして売り出したとき、拾ったお金をくすねたことがバレたら、賞を取り消されちゃうんじゃないかって。それにさ、こんな大金手に入れちゃったら、あんた、ますます書かなくなっちゃうんじゃないかって。 だからさ、膝枕のしすぎで脳がとろけて妄想を見ちゃったってことにして……ごめんよ。ゆるしとくれ。真っ赤な嘘でした。」
浜助「なんだ、その赤かー。スッキリ〜。じゃなくて、嘘だったのかい?」
お久「お奉行所に届けたんだけど、持ち主が現れなくてさ、全部戻ってきちまった。このままじゃダメだって膝枕廃人から立ち直ろうとしてるあんたに、早く知らせてあげたかった。でもさぁ、このお金を見せたら、また膝枕に溺れて書かなくなっちゃうんじゃないかって……」
浜助「で、なんで今日、話すことにしたんだい?」
お久「さっき、カラクリ膝枕で人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)や歌舞伎やりたいって、ネタ考えてて、あんた、すごく楽しそうにしてたよね。あたしが、あんたを好きになった日みたいに生き生きしてたよ。だから、もう大丈夫って思えた。浜助、あんたにずっと嘘ついてて、死んだ方が良いなんてひどいことも言って、ごめんねなさい。怒ってるよねぇ?」
浜助「サイッテー だな」
お久「だよね」
浜助「俺がだよ。ひでえやつだ。」
お久「え?」
浜助「おまえに嘘つかせて、一年も抱え込ませて。何も知らなくてなんてよ、情けねぇ。すまなかったなぁ。」
お久「浜ちゃん……」
浜助「あのまんま百三十両を懐に入れてたら、あっという間に使い切ってた。お久の膝枕に溺れて、一行も書かないまま締め切り逃(のが)してた。そしたら『膝枕廃人浜助寿司配段』も生まれなかっただろうよ。おまえのおかげで目が覚めたぜ。ありがとうよ。」
お久「ねぇ、あたし、これからも浜助のそばにいちゃいけないかい?」
浜助「でも、約束は約束じゃなかったのか」
お久「あの日拾った百三十両より、この一年で積み上げた十三両ほうが、ずっとずっと重いじゃないか!」
浜助「えっ・・」
お久「書き続ける浜助のそばに置いとくれ。おまえさんの書き物を最初によみたいんだよ。これからも」
浜助「お久……」
お久「あー、やっと胸のつかえが取れた。お祝いに、なんか食べに行かないかい? 久しぶりに築地に行って極上の寿司とか?」
浜助「その前に」
お久「ちょちょっと、浜助!」
浜助「は〜。一年ぶりのお久の膝。甘くてやわらかいなぁ。あったかいなぁ。葡萄牙(ぽるとがる)のカステイラとかいうものかもなぁ。いや、ピザとかいう伊太利のお好み焼きかなぁ。」
お久「今日は好きなだけ甘えていいよ。きっとカスティラよりも甘くてピザよりふわふわさ」
浜助「おい、お久、俺生まれ変わったよ。もう今までの膝枕廃人浜助じゃない。これからはピザ枕廃人カステイラだ」
(おしまい)
CHでの朗読リプレイ
① 2022年7月3日(日)20:30 膝開き by 関成孝 & suzu
② 2022年7月13日 Comariさん、八本(やもと)さんの掛け合い
③ 2022年7月28日 主婦子さんとこたろんさんの掛け合い(男女逆転版)
④ 2022年7月29日 鈴蘭さんの一人語り
⑤ 2022年9月14日 鈴蘭さんとatsuko nakaharaさん
⑥ 2022年9月21日 わくにさんの落語バージョン
⑦ 2022年10月12日 膝枕リレー500日記念 わくにさん
⑧ 2022年10月12日 膝枕リレー500日記念 枕付き suzu さん&関成孝
⑨ 2022年11月13日 いい膝の日記念 富永理恵さんと櫻隼人さん
⑩ 2023年6月2日 膝枕リレーknee周年記念フェス suzuさんと関成孝
2024年1月26日 ひろさんと関成孝
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