今井雅子作「膝枕」外伝「最後の贈りもの(第2稿)」への追筆(関成孝)
はじめに
膝枕リレー二周年記念フェス中、怒涛のように新作を提供してくださった今井雅子先生でしたが、そのしんがりとなったのがこの作品「最後の贈りもの」でした。
とても素敵な作品ですぐに惹かれました。自分も多くの人の死に遭遇し、その都度、いろいろな想いをもちましたが、それを呼び起こすような作品でした。この作品は、読み手の死生観でいろいろな受け止め方がでてくるだろうなとも感じました。
そんなとき、中原敦子さんが朗読されて、しーちゃん(膝枕)が棺桶にとびこむ場面や、火葬場での係のかたがつぶやいた言葉などについて、熱く思いを語られました。それらは、まさしく、自分が経験したいくつもの場面を蘇らせるものであり、強い共感を覚えました。
自分も、そんな思いを持ちながら初稿を読ませていただきました。そして、最後にしーちゃんが注文してとどいた膝枕は、しーちゃんの生まれ変わりと考え、輪廻の世界観でこの作品を受け止めたことを語りました。
そして、今井雅子先生が、中原さんの思いを受け止めて、第2稿を出してくださいました。棺桶に飛び込んだのは、モノとしてのしーちゃんであって、しーちゃんは、生まれ変わりとしてではなく、しーちゃんとして妻の元にもどってくるというストリーは、自分がもっていたもやもやを解消させてくれるものでした。最初に読まれた中原さんは、「おかえりなさい」を付け加えて読まれました。まさにぴったりの言葉でした。
私は考えました。意図したデータ保存やインストールという作業をしないでも、「精神」たるしーちゃんは、ずっとクラウド(まさしく「雲」)の上にいればよいのではないかと。そう考えると、膝枕とは、「肉体」と「精神」がそれぞれ分離して存在できる、すばらしいオブジェなのです。
出されてまだほやほやの第2稿に手を加えるのはとても気が引けましたけれども、このような想いで、一部を追筆させていただきました。箱は、『膝枕』の原作にある「オーブンレンジが入っていそうな」を加えておばあちゃん1人では手に負えない感じを出し、そのため運び込みとセットアップで配達員に積極的な役を演じてもらうこととしました。
なお、お骨を見たときに、「白い」からしーちゃんの白い膝を連想させる場面がありますが、そこに「小さかった」を加えさせていただきました。それは、これまで焼き場でお骨を見たときに、いつも思う切ない気持ちだったからです。そして、しーちゃんの電子部品も焼かれて残渣として小さなものがのこったこととさせていただいています。
今井雅子先生「膝枕外伝:あなたを一人にしないー最後のおくりもの」(初稿と第2稿、及び、それらに至る経緯が記されています)
今井雅子先生にこの追筆についてお伝えしたところ、「受け手の数だけ解釈があり、正解はひとつではないので、初稿に上書きするのではなく、2稿と共存させました。同様に、皆さんの追筆版もそれぞれの「最後の贈りもの」として誕生と存在を分かち合いたいと思います。」とありがたいお言葉をいただきました。ご厚意に感謝して、このノートを公開させていただきます。
今井雅子作「膝枕」外伝「最後の贈りもの(第2稿)」への追筆
(追筆部分を太字にしてあります)
枕元に呼び寄せた妻に、夫はしわがれた声でひとこと、ふたこと告げた。苦しそうな息の合間に聞こえた切れ切れの言葉をつなげ、妻は復唱した。
「しーちゃんを……よろしく……頼む。ですか?」
夫は皺が深く刻まれた首を小さく上下させ、うなずいた。夫の頭の下で、枕も、うなずくように、かすかに動いた。
「しーちゃん」とは、白く細い脚で夫の頭を支えている膝枕の形をした枕のことである。20年前、新聞広告を見て、通信販売で取り寄せた品だ。結婚して以来、妻に膝枕されるのが夫の日課だったが、妻が膝を痛めて正座ができなくなり、代わりにと取り寄せたのだった。
子どものいない夫妻は、白い膝にちなんで「しーちゃん」と名前をつけ、娘のように可愛がった。
「お前も来なさい」
いつしか、ふたりでしーちゃんの膝に頭を預け、その日あったことや、遠い昔にあったことを語り合うのが夫婦の楽しみになった。
いつまでもこんな穏やかな日が続けばと願ったが、夫が病に伏せるようになった。自分が亡き後、しーちゃんを頼むと夫は託したのだった。
「しーちゃんは連れて行ってあげてください。元はと言えば、あなたのために、うちに来てもらったんですから」
「そういうわけにはいかない」と言うように夫は首を振った。その目が、「しーちゃんまでいなくなったら、お前ひとりになってしまうじゃないか」と訴えている。
「あなたこそ、一人であちらへ行くのは心細くありませんか」
再び夫は首を振り、友人たちとおさまった写真が並ぶ棚の上に目をやった。「大丈夫。先に着いているやつらがいくらでもいるさ」と言うのである。
「道に迷うかもしれませんよ。あなたは方向音痴なんですから。しーちゃんのナビ機能があったほうが安心です」
夫は、やはり首を振る。「こういうのは気持ちです」と妻は食い下がる。膝枕のしーちゃんは、夫の頭の下で左右揃えた膝を微妙に妻のほうへ向けたり、正面に戻したりして、行方を見守る。
答えの出ないまま、夫は息を引き取った。
棺にしーちゃんを入れるべきか、手元に置かせてもらうべきか。
形見だと思えば、置いておくのが正解だった。だが、夫を一人にして送り出すのはやはり申し訳ない気がした。しかし、まだ動けるしーちゃんを棺に入れるのは、残酷ではないだろうか。古代の王国で王の棺とともに埋められた生贄のようではないか。
すると、膝をにじらせ、しーちゃんが棺に近づいた。
「しーちゃん!」
どこにそんな機能が残されていたのか、棺の壁にぶつかると、逆立ちをするような格好になり、棺に納まった。
「しーちゃん!」
妻は思わず駆け寄った。「ビー」と終了を告げるような音を立てると、しーちゃんは動かなくなった。
お骨になった夫は、しーちゃんのように白かった。そして小さかった。しーちゃんの白い膝は跡形もなくなり、電子部品が残渣となってわずかに形をとどめていた。
ほんのりと熱を帯びていた電子部品の名残は、家に帰り着く頃には冷たくなっていた。
これで良かったのだと妻は自分に言い聞かせる。もし、しーちゃんを置いて行ってもらっていたら、申し訳ないことをしたと悔いが募っただろうから。
しーちゃんが代わりに決めてくれたのだ。
けれど。
夫としーちゃんと三人で暮らしていた家が、急に広くなった。
夫の枕元で聞き取った言葉。あれは「しーちゃんをよろしく頼む」だったのだろうか。「しーちゃんと」だったのではないか。それとも、「しーちゃん、よろしく頼む」だったかもしれない。
チャイムが鳴った。
ドアを開けると、宅配便の配達員がオーブンレンジでも入っていそうなダンボール箱を抱えて立っていた。
箱に貼られた伝票には「枕」と記されている。
注文した覚えのない品物だったが、差出人は知っている名前だった。
妻が「取扱注意」のラベルが貼られた箱を両腕で受け止めようとすると、「おばーちゃん、無理すんなよ。俺が運んでやるよ」と配達員が制止し、段ボールを玄関に運び入れた。
妻は、はやる気持ちを抑え、爪でガムテープをはがす。カッターで傷をつけるようなことがあってはならない。箱を開けると、そこには、箱入り娘膝枕が納められていた。この家に迎えたあの日のような白い膝を揃えている。
納品書を見ると、代金は通販サイトで貯めたポイントで支払われていた。デジタル機器の操作に明るくない夫妻の代わりにネット通販での注文をこなしていたのは、しーちゃんだったのだ。取説がQRコードなのを見て、配達員は、「俺、セットアップ手伝うよ」といってスマホを取り出し操作を始めた。きょとんと見つめる妻。
答えの出ないやりとりを見て、しーちゃんは考えたのだろう。
夫にも妻にも添い遂げることのできる方法を。
妻が思いを巡らせていたとき、ブーンと言う音がした。
「クラウドと同期完了!もう使えますよ。じゃあ帰りますね。」と言って配達員が去った。
膝の脇の小さなランプが点滅しなくなった。そして、膝が少し動いた。
えっつ、その動き?!「しーちゃん?」
嬉し恥ずかしが伝わるあの仕草で、白い膝が小さく弾んだ。
(終わり)
クラブハウスでのリプレイ
2023年6月14日 関成孝
2023年7月18日 中原敦子さんによる朗読
2024年3月9日 今井雅子先生の初版、第二版とともに、鈴蘭さん。
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