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漆黒の洋上…その先は黄泉の淵?

黒墨をキャンバスに流したような漆黒の洋上。わずかなフォローの微風をメインスルで掴み、ディンギーはピスピスピスピスとバウで海を切り裂いて進んでいる。

ヨットが海と会話している時の音だ。暑い。猛烈な湿度だ。海が涼しいなどと云う感覚はセーラーにはない。

アゲインストの風ならまだいいが、追い風フォローはヨットでは地獄の一丁目だ。追い風に乗ったヨットの上は無風状態なのだから。

その時だ!突然ヴォーンと空からダウンブローが落ちて来た。天空の風神が背負った風袋を思い切り開いたような、上から叩きつけてくる風だ。多くのヨットが転覆・遭難するケースだ。

風が真逆になった。急いでスピネーカーを下ろしメインスルを戻してジブセールを出した。暗黒の中をヨットが疾走する。

助かった!地獄へ持って行かれずに済んだようだ。

前方は何も見えない。その時だ!海面に数億の星を散りばめた様な眩い幻想の世界が現れたのだ。

何百何千のネオンを点けても、これだけの光景は無理だ。この世のものとは思えない光り輝く世界が出現した。

疾走するヨットが夜光虫の群れに突っ込んだのだ。ヨットのバウが切り裂き飛沫となって飛び散る波に、泳ぐ夜光虫が驚愕の光を放つのだ。

美しい!美しすぎる!飛び散る飛沫が俺の頭上からも降りかかり、俺自身も光り輝いた。

このまま、心を奪われたまま、この世から消え去ってもいいな…何も怖くない。俺はこんな人生の最後を望んでいたじゃないか…それが今なんだ!

まて、原稿の締め切りは…喰いかけのパンは…生ごみは…なんてことを真剣に考え始めたら目が覚めた。

久々のナイトセーリング…もっと見ていたかった。夜のヨットは船上を  真っ暗にして走る。運が良いと美しい夜光虫の群れに遭遇するんだ。

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