そのアーティストは、この天空の束の間に、そっと消えて逝っちゃった。俺は箱に微笑を詰め込んで蓋を閉めた。
箱があれば開けてみたくなる。時代のパンドラの箱はいつも、こうして人間の好奇心で開かれてきた。
原子力の箱だって初めは科学者たちの好奇心だった。膨大な経済効果や権力や甚大な危険性など頭に浮かべていなかったろう。でも、原子力はパンドラの箱だった。
今、俺の前にも箱がある。俺はすぐに開けてしまう好奇心の塊りだ。でも、今まで素敵な箱もたくさんあった。俺はそっと、その両手に収まる程の銀色の箱を少し開く。ハート型の箱からは心臓の鼓動のような音が…
誰の鼓動なのか…姿、形は見えないが、声がピアニシモのように聞こえる。香りがゆっくアンダンテで俺を擽る。
記憶のある香り…遠い追憶は、なかなかディテールが頭脳の装置から出てこない。時の流れは見えないけれど、あの日の景色が心のスクリーンに映る。
野性と本能…そこに知が絡みついたアーティストがいた。社会から離れ魂と自由に交差する遊行の無の中にある有を感じること、静寂を如何に感じさせるかが音楽家の才能だと、アーティストは言っていた。
消える命と残された命、その命もやがては消える命。アーティストは先を急ぐかのように、そっと消えて逝っちゃった。俺は箱に微笑を詰め込んで蓋を閉めた。
このアーティストは俺の親友だった。ふたりでよく遊び、喧嘩し音楽イベントもやった。けれどふっと風に吹かれるように居なくなった。マリオ・山口こんな素敵な箱もあるから、開けるのが愉しみなんだ。
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