人間から離れられない生き物たち
小田急線の片瀬江ノ島駅の前にある弁天橋は片瀬川に架かっている。 家から近いボクの遊び場だ。
橋の上では、夕まずめ時なので沢山の釣り人が竿を振っている。 今日はスッポンが釣れている。ボクもその中で竿を出している。
胴突きの一本針にゴカイを刺して水中に落とすと、すぐに魚が釣れる。 15センチくらいで節だらけの虫のようで、顔はトカゲみたいだ。
針を外していると…周りの大人たちが… 「坊や、逃がしてあげなさい」…と云う。当たり前だい!
ボクは大人に言われなくても分かるよ!しかし、「坊や」と云われたな。 そうか、俺はまだ子供なんだな。だから自分の事もボクなんだな。
大人の命令口調の言葉には腹が立つ。隣ではテレビ東京の演出家の佐藤さんがスミイカを釣っている。久しぶりに会った佐藤さん…でも佐藤さんは俺を無視している。
そうか、子供の俺の事は知らないんだ…と分った。 川を覗くと、泥の中に無数の生き物たちがいる。亀やイカや見たことのない変な生物がゴニョゴニョ蠢いている。
海へ出ないで、河口の岸辺で蠢くこいつらも、きっと人間の近くでしか生きられない生物なんだなぁと、佐藤さんと話し合った。
人間から離れれば、すぐそこに静かで美しい海があるのにね… その時、ボクのタイムスリップしていた時間が一気に現実に戻った。
つまり…覚醒した。そして佐藤さんは数年前に他界された、良き仕事仲間だったことを思い出した。