不気味な廊下の先には…!
ひっそりと佇む古い洋館の玄関を入ると、薄暗い廊下が延々と続いている。何処から流れて来るのか…乾いた空気の中にエタノール臭が…
更に、その中に中学生の頃、化学の実験室で嗅いだホルマリン臭も… 裸電球が灯る廊下の左右には、検査室や薬品室や放射線室を示すプレートがある。けれども人の気配は全くない。
都会の大きな大学病院…人はいる筈なのに…どうして…病院なのに… この廊下は三途の川に向かう道のようだ。
暗い廊下の右に折れた突き当りの部屋…古びた木製の扉…突然!それが外側に開いて、飛び出してきた白衣の技術者…
何処かで見たことがある…と思ったらトム・クルーズだ! その後ろには、大笑いをしているブラッド・ピットもいる。
俺はなんの不自然さを感じることなく、その部屋に入った。 ここで長く闘病中の兄事する作家を迎えに来たのだ。
部屋の中には、大きな機械が設置されたベッドが数百もあり、夥しい患者が透析治療を受けている。
患者と機械を2本の真っ赤な管がつないでいる。部屋中に規則正しい機械音が響いている。真っ赤に見えるのは血液で、それは透明な管なのだ。
患者たちの目が一斉に俺を射る!健康すぎる俺は、病院の中ではいつもこの矢のような痛い視線に晒される。
この申し訳ないと思ってしまう、複雑な気持ちはなんなのだろうか…そんな心を引きずりながら、作家を探した。
「おーい、ここだよ」 やせ細った作家が、小さく呟くように俺を呼んだ。作家はベッドの上に胡坐で座っていた。
左手のシャントからは、既に透析の管が外されていたが、皮膚に血が滲んでいる。
「シゲルちゃん、オレ、死ぬのかなぁ」 作家が俺を凝視して呟いた。いつもの事だ。俺もいつもの言葉を呟いた。 「ああ、死にますよ…いつかはね…」
作家はいつもそうであるように、軽く笑った。 「昼飯は、ウナギでも食いましょうか…」 病室中に、ひつまぶしの香りが充満した。
年に何回か見る病院の夢。俺の兄事した作家の看病は7年間だった。 週3回の透析には、すべて俺がサポートした。あれからもう13年が経った。