【第五話】第三者の意見ほど耳を傾けよ
「私と息子のスマホ依存は別々の課題だと気づいたんだ!」
そう自信満々に語る私に、発達障害者支援センターの相談員の女性がかけた予想外の言葉。
それは、次のようなものだった。
「課題を分離するのは確かに大切なことです。
ただ、息子さんのスマホ依存という課題を先延ばしにしすぎる事はあまりオススメできません。
いざその問題の解決に踏み出そうとしたときには、もうお母さんよりも身体も大きくなり、力も強くなっていた場合、スマホを取り上げた場合に、今の息子さんのように「ただ泣いて怒る」という行動だけでは済まなくなっているケースも多々あります。
そうなると、問題の解決はよりいっそう難しくなることが予想されます。
そう考えると、息子さんがまだ幼い今のうちから、お母さんも息子さんも一緒にスマホを見る時間を決めることを習慣化していくという課題に取り組んでいく姿勢も大切だと思います。」
この返答をあなたはどう感じられただろうか?
私は正直この返答を聞いた瞬間は、
「せっかく気持ちがノッているんだから、余計なことを言わないでくれよ…」
と思ってしまった。
ただ、相談が終わって冷静にな気持ちでこのときのことを振り返ってみると、これは自分にとても大切な気づきを与えてくれる返答だったと感じるようになった。
もしここで相談員の女性から
「その通りですね!」
と私の考えに太鼓判を押されていたとしたならば、
「息子のスマホ依存はいっとき解決しなくても良い課題なんだ!」
と誤った考えを持ってしまっていたかもしれない。
発達障害者のある私たちは、未来の姿を想像することがとても苦手だ。
今回のケースでも、息子は赤ちゃんに毛が生えたような今のかわいらしい姿から、あっという間に大人の男性への身体へと着実に成長していくという視点が私にはスッポリ抜けていた。
いざ問題を解決しようとしたときには相談員の指摘とおり、
「時すでに遅し」
となっていたかもしれない。
少し話が横道にそれるが、なぜ私がこのように自分のと異なる考えを受け容れられるようになったのかについて、ここで話をさせてほしい。
私たち発達障害者は、0か100の思考に陥りやすい。
「自分が正しいと思った考え以外絶対に受け容れない」
という、かなり偏った考えを持ってしまうケースが少なくない。
以前の私もまさにこのタイプで、自分の意思と反する行動や言動をしている人を頭から否定し、嫌がってる相手に無理矢理自分の考えを強要したこともあった。
なんてイヤなやつなんだ…。
その時に迷惑をかけた方々には、床に頭を擦り付けて土下座したい。
ただ、もちろんそんなやり方で人間関係がうまくいくはずもない。
自分の考えが一番正しいと思い込んでいるはずの私の人生は、決してうまくいっているとは言えなかった。
30年以上の人生経験を振り返ってみて私からひとつ言えることがある。
それは、
「家族でも親しい友人でもない、中立的な立場の第三者の意見には素直に耳を傾けたほうがいい」
ということだ。
もちろんこの第三者は慎重に選ばなければならない。
あまり「絶対」という言葉をつかうことは好きではないのだが、ここを怪しい占い師にしてしまったり、かなり危ない香りのする宗教にしてしまったりすることは絶対にやめたほうがいい。
私の場合だと、大学生の頃は学生相談室に通い、大人になり発達障害と診断されてからは、発達障害者支援センターで月に一度相談日を設けて、そこで今の自分の考えを伝え、定期的にフィードバックを受けている。
今思い返せば、私がグチャグチャの家族から離れ、一人暮らしをする決断ができたことも、間違った思い込みで人を傷つけるような行動を取ろうとした時にストップしてくれたのも、すべて第三者からのアドバイスによるものだった。
家族でもない、友人でもない、全くの第三者のアドバイスだからこそ、冷静に客観的な意見をのべてくれる。
これがもし家族や親しい友人となると、これまで共に過ごした様々な思いが絡み合ってしまい、とる人によっては少し冷たいとも思われるような意見を直接相手にのべることは、たいへん難易度の高いこととなる。
相談員と相談者の関係というのは実に不思議である。
家族や友人よりも知り合った期間はずっとずっと短いはずなのに、これまで誰にも話せず胸にしまい込んでいたような重く苦しい悩みもなぜか打ち明けることができる。
そして話をじっくり聞いてもらうことで、胸にあった重たい鉛のような塊がすーっと楽になる感覚がある。
もし、今誰にも打ち明けられないような悩みを一人きりで胸に抱え込んでいてとても苦しい人がこれを読んでいる方にいたとしたら、ぜひ行政サービスを利用してみるのもひとつの手だ。
基本的にお金はかからない。
私が利用させてもらっている「発達障害者支援センター」も、医師から発達障害の診断を受けていなくとも利用できる場合が多い。
詳しくは実際に今住んでいる地域のセンターに確認してみてほしい。
悩みを相談する相手を間違うと、求めてもいないアドバイスを延々と聞かされたり、ひどい人は説教してきたりする。
そうなると、なぜか相談しているこちらがドッと疲れ、相談を受けた方がスカッとして帰っていくという悲劇が起こる。
大変な勇気を出して悩みを打ち明けたあげくにそんな事態に陥ったときのあの失望感といったらない。
さぁ、私が誰からも求められてもいないアドバイスを延々としおわったところで、そろそろ本題に戻るとしよう。
とりあえず、ここまでの流れを整理してみる。
真っ先に私が起こすべき行動は、私のスマホ依存脱却に向けてできることを試してみること。
しかし、息子のスマホ依存も出来る限り早急に解決に向けて動き出した方が良い課題であること。
まず今すぐにできる事は、スマホ依存についての正しい知識を得ること。
こんな感じだろうか。
ひとつ、これまでの失敗を振り返って、自分で自分に注意したいことがある。それは、
「決して完璧を求めるな。失敗するのが当たり前だ。10回挑戦して1回でも成功したらラッキーくらいの気持ちでやれ」
ということだ。
自閉症スペクトラムの特徴のひとつに、「失敗への恐怖心が強く完璧主義」というものが挙げられることがある。
まさしく私もこの特徴をもっており、これまで「失敗するくらいなら何もやりたくない」といったかなり偏った考え方をしてきた。
しかし、母親にもなった今、息子に見せたい背中はそんな姿だろうか?
いや違う。
何度失敗したっていい。転んだら何度だって立ち上がればいい。
挑戦する背中を、私は息子に見せたい。
「よし、やるぞ」
いよいよ私は、スマホ依存の真実が語られている本のページをめくった。
ーつづくー
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